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深更

インターホンが連打され、夜半に少々うんざりとしながら応答する。
「はい」
『―ヴィリ君』
「ハル?」
予想外の声だった。
『入れてもらえませんか』
「すぐ開ける。ちょっと待って」
何があった。
0時30分。ちらりと時計を見ると、どう考えても普段の従妹が訪ねてくる時間ではなかったし、そもそも彼女の兄が家を出さないだろう。
「ヴィリ君」
ぎょっとした。
エデンにしては珍しく、夕方から雨が降ったのは知っていたが、それにしても従妹はずぶ濡れだった。防水に優れた士官学校の制服が変色して見える。
「早く入って」
取った手も冷え切っていて、いつから外にいたのかと思う。
背を押して扉を閉めると、とっくに居間にでも行ったと思いこんでいた人影が目の前に立ったままなことに少し驚く。
「ハル?寒いだろ、ココア入れるから居間に」
抱きつかれる。……冷たい。
「ハル」
「ヴィリ君が」
震えている。
「俺?」
「ヴィリ君が、暖めて、ください」
「……意味わかって言ってるよね?」
銀色の頭が小さく動いた。

寝室で上着を脱がせると重い音を立てた。
抱きしめる体はあまりに細い。自分も上背は伸びてもどうにも華奢なのだが、男女差を考えてもさらに細いと思えた。
「……俺あんまり優しくないよ」
ベッドに押し倒してから言う。
「いいですから」
答える唇を塞いで、その冷たさに驚く。そういえば戯れに仕掛けたことはあっても、すべてかわされていたのだと思い出した。この体温は知らない。熱が移るほど繰り返してようやく解放するとふらふらと手を伸ばされ、そこにもキスをする。
スカートの裾から腿に手を這わすと押し殺した悲鳴が聞こえた。
「いや?」
「そんなこと、ないです」
震えないようにと低くされた声はいささか不機嫌にも聞こえる。
「そう」
頬を撫でてもう一度キスをする。
強張った体からゆるゆると力が抜ける。そのまま首筋をたどると組み敷いた体が跳ねた。
「あ、」
シャツのボタンを外し薄い胸を探る。そして、
「――やめた」
体を離す。
「え?」
起き上がるとハルも前を押さえて体を起こす。
「どうして」
「そんな気分じゃなくなった」
「どうして!私が強情だから?首席だからっていい気になってる?教官に色目を使ってる?」
服を掴まれて次々に迸る言葉。
「――私が兄さんじゃないから?」
最後の一言は震えていた。

「あの人のことは好きだよ」
びくりと肩が跳ねる。
「そうですよね」
「でもハルのこと好きだよ」
抱きしめる。
「やめて聞きたくない!兄さんを好きなのと私を好きなのは違うのに!」
暴れる腕を無視して強く力をこめる。
「やめない。……多分俺にはその違いがわからない」
「なんですか、それ」
「好きなら寝てもいいと思ってる。多分誰とでも。好きじゃなくても。この好きとどの好きが違うのかもよくわからない。ちょっとおかしいんだ俺は」
「じゃあなんで私は…!」
またハルの声が高くなる。
「泣いてる子をもっといじめるほどサディストじゃないんだ」
「泣いてません」
顔が上がる。
「うち来たときから泣き顔にしか見えなかったよ」
「そんなの、」
限界だったらしい。
ぼろぼろと零れる涙を掬う。
「好きな相手には泣いてほしくないし、嫌われたくないと思うくらいには普通だよ」
「そういうの、ひどい」
勘違いしそうになるから。
「そうかもね」
もう一度抱きしめても今度は暴れられなかった。
「俺には好きとか違うとかよくわからないけど、ハルにはわかるみたいだから。俺のこと、ハルが言う意味で好きになってくれたら、続きしたい。今は多分、違うんだろうから」
やっぱりひどい。
微かに聞こえてからしばらくして、寝息が聞こえてくる。
「……優しくなくてごめんね」




完全に寝付いた頃を見計らって、ベッドサイドにあったコミュニケーターを取る。ハルが到着した頃から何度かメールと着信があったようだ。発信元は全て腕の中で眠る彼女の兄から。遅番を上がって帰宅したが妹が見当たらない、行き先を知らないか。
明日顔を合わせたら雷を落とされる覚悟をなんとか決め、メールを送る。
授業が終わって予定がないと聞いたので今まで飲んでました。もう寝てるので明日帰します。
説教どころか殴られてもおかしくないが、正直に話せば卒倒される。あとでハルと口裏を合わせておかなければならないだろう。
その前に。
ハルに布団をかけ、寝室を出る。
大型の情報端末を起動する。
「俺あんまり優しくないんだよ」
どこの誰がああまでハルを追い詰めたのか、調べさせてもらおう。士官学校のファイアウォールなど日々情報戦を行う自分には何の障害にもならない。
「ハルを泣かせた奴を放っておくほど寛大じゃなくて、ごめんね」

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あきゅろす。
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