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小説
明日を手放したのは僕だった(12章ネタバレ/シド)
エデンに呼び出しを受けた。通信ではなく私が直接議事堂に出向くこと。
もう慣れたと思っていたが接触がある度に背筋が粟立つのがわかる。周囲に隠すのも限界に近い。
ダイスリー代表―ファルシの呼び出しだ。リグディを控え室に残し回廊を歩く。
命令を受けてアークに入り、人としての意地を張って、……私の意識は一旦途切れる。
かつて部下に持ったストロベリーブロンドが揺れるのが、私が見た最後の光景だ。

目が覚めた。
人でなくなって、しかし人でありたいと、家畜ではない生を夢見て、私は私に幕を下ろしたはずだった。
完全な人形として第二幕が上がる。
もう、夢は覚めてしまった。梟が飛び立った。

人形は役割が決まっていた。
雁字搦めで道を外れることなど一歩も許されないと思いきや、出番が来るまでは放置されているというのが実情だった。黄泉帰ってから、用意された部屋に閉じ込められはしたが、転送装置が備え付けられて不自由はしなかった。エデンに配信されるメディアから情報を引き出すことも自由だった。生身の人間に会うことは叶わなかった。転送されてきた電子機器と会話しながら、人に会いたくてたまらなかった。議事堂についた時挨拶をした受付の女性、警備のため各所に立っていたPSICOMの兵士、回廊から遠目に見たロッシュ中佐、出がけに敬礼したリンドブルムの下士官、……控え室に残してきたリグディ。

しばらくの後私は外に出された。新聖府代表になるために各界要人に挨拶をするのだという。礼儀にのっとった笑顔に振る舞い、社交辞令。訓練されてその通り動く、
―これこそが家畜の檻。
私はまさしく飼われていた。

PSICOMの老将と話す機会があった。
「あなたの部隊を受け継ぐことになりました」
温厚で知られた人物で、幾度か顔を合わせたこともあった。
「リグディ大尉は大変優秀ですね。彼がいなければ私は非常な困難に立ち向かわねばならなかったでしょう」
私がアークに降りて、その後どうしたのか、最悪の場合始末されたかと考えていただけにほっとした。
「私は明日から通常任務につき、エデンを離れます。代表就任式典には出席できませんので、早いですがお祝いを述べさせていただきます」
私のような若輩者にもったいない。代表といってもファルシ・エデンの判断を仰ぎ皆様の意見をお聞きするばかりです。ご出席いただけないのは残念ですが航海の無事を祈っております。
人形の口は訓練の通りに動いた。

その夜、私はリンドブルムへ向かった。
どこかで躓いたら引き返そうと思っていた。だが異例の若さで准将にまで上り詰め、今や人ならざる力まで手に入れた私が警備の目をすり抜けるなど簡単なことだった。リンドブルム艦内まで来て、扉の前に立つ。セキュリティコードは覚えている。しかしかなり前のものだ。コードは定期的に変更することが推奨されている。開くはずがない。帰ろう。開いてくれ。開くな。
扉は軽い音しか立てなかった。
身構えて、誰もいない室内に安堵する。背後で扉が閉まり、暗闇に包まれる。
「私は何をしているんだ」
ひとり呟く。
奴隷は私だけで充分だ。リグディを巻き込まないためには接触しないことが一番だとわかっている。私の手足をもぐことが目的なのだが、願ったりというところだった。私と離れて、そう、軍を退役するといい。退役して、飛空艇が好きだから旅客機のパイロットにでもなって、その内結婚するかもしれない。その内私を忘れる。
そこまで考えて激しい恐怖に襲われた。
嫌だ。リグディが私を忘れる?そうだそれでいい。私は人形で、下界に飛び立ったルシたちが帰ってくるまでの繋ぎで、多分すぐ用済みだ。シ骸かクリスタルか、とにかく始末される。始末されなくてもファルシの思惑通りに行けばコクーンは滅ぶ。もうあまり時間はない。その時までわずかでも彼を遠ざけて私から、ファルシから、離して。たとえ彼が私の隣にいなくても。嫌だ。
烙印が疼く。
痛みに耐えきれずうずくまる。
私は人形で、彼は人間だ。もはや並ぶことなどできない。なのに彼が隣にいないなどと、副官でないと、私のものでないということが、終焉までの僅かな時間であっても我慢ならなかった。
「帰ろう、」
それでも、彼が人でなくなるよりは良い。せめて彼だけは。隣に立たずとも、語り合った夢が叶わなくとも。
立ち上がったとき、扉が開いた。
「……遅かったな」
ぐずぐずと未練に囚われずにいればよかった。逆光で表情は窺い知れない。
「どうして」
求められている答えと違うと知っていてコードのことを揶揄する。
「俺の勝手です」
それもそうだ。人とは己に関することを決めることができるのだから。
「もう私の命令を受ける立場でもないしな」
自分に言い聞かせる。すると彼に問われた。いくつも。
彼はどれだけ心配しただろう。私をさがしただろう。忘れられていないことに狂喜する。
「どうして、俺を連れて行ってくれなかったんですか」
答えられない。答えるわけにはいかない。しかし問われることでここに来た理由がわかった。
私は人でいたかった。この身が人にあらずとも、もはや人形でしかなくとも、人として求められたかったのだ。
「……いつかの問いに答えるためだ」
そう、あのとき副官を手放すわけにはいかなかった。夢があった、誇りがあった、誰に問わずとも人だった。
「もうお前は副官ではない」
隣に立たせるわけにはいかない。
ありえたかもしれない明日を手放すために、私は今手を伸ばす。
「……そのために来たんだ」




title:Aコースより

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