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ゴトウサンノ片オモイ
4p
 体から一気に力が抜ける。
 頭が痛い。
 俺は玄関扉にもたれかかった。
 しかし、あの男、思わずほっといて来てしまったが、大丈夫だろうか。
 いや、余計な事は考えるな。
 俺は何も見なかった、そう決めたはずだ。
 余計な関わり合いはごめんだ。
 あいつがどうなろうと知ったことでは無い。
 一度は起こしてやったんだ。
 二度寝するあいつが悪い。
 そう、悪いのはあいつであって、俺では無い。
 だが。
「…………」
 あのまま放っておくっていうのはさすがに人でなしであろうか。
「……………………」
 もしも、あの男が隣人であった場合、あのまま放っておいて風邪でも引かれたら根にもたれはしないだろうか。
「………………………………」
 いや、あの様子だ、俺のことなど覚えてはいるまい。
「…………………………………………くそっ!」
 俺はチェーンを乱暴な手つきで外し、鍵を開け、扉を、音を立てて開いた。
 扉から首を出して隣の様子を覗くと、男がまだ座り込んでいた。
 外の空気は大分冷えている。
 このまま放っておいたら、あの呑気そうな男も風邪くらい引くかもしれない。
「あーっ、くそっ!」
 俺は頭を掻きながら男のそばまで行く。
 男は気持ち良さそうに寝息を立てている。
「呑気なもんだぜ。……あの、もしもし? もしもぉーし!」
 俺はしゃがみ込み、男の肩を揺する。
 ガクガクと男の首が揺れる。
「おい、朝だぞ! 起きろ! 朝!」
 朝じゃねえーよ! と自分でも思うが、起きない相手に言う台詞のセオリーだ。
「ううっ、んっ、あさ?」
 セオリー通りに男が目をパチパチさせて寝ぼけ眼に俺を見る。
 俺は、ため息を男に吐きかけた。
「朝じゃないですけど起きて下さい。こんな所で寝たら風邪を引きますよ」
 俺の台詞に男は辺りをキョロキョロと見回す。
「あっ、ああ……ここ、外だ。コンビニ行ったら何だか疲れちゃって、途中から記憶がないや」
 とんでもない事を男は言う。
 大丈夫か、この男は。
「あの、起こしてくれてありがとうございました」
 男はそう言うと、よっこらしょ、と立ち上がった。
 そうして、左手に持っているコンビニ袋を右手に持ち変えると、左手を俺に差し出してきた。
「え、握手ですか?」
 握手するシーンじゃ無いだろうと思うが、俺は拒む事も出来ずにとりあえず男の手を取った。
 男の手は大きくて冷たかった。

 握手が終わると沈黙が訪れる。
 男の目を見ながら、俺は何だか気まずい気持になる。
 男同士で見つめ合っていても仕方がない。
 俺は、このまま部屋へ帰ることにした。
「あの、じゃあ、俺は行きますけど、大丈夫です?」
 俺が言うと、男は「あ、はい、俺の部屋、ここなんで」と、コツリと408号室の玄関扉を手で叩く。
 この男、やはり隣人であるらしい。
 こんな変わり者が隣人か。
 地味に落ち込むな。
「あ、じゃあ、俺はこれで」
 俺が速やかにこの場を立ち去ろうとすると、「あ、ちょっと待ってください」と、男に呼び止められた。
 男は、コンビニ袋をガサゴソ漁り、ペットボトルを取り出すと俺に差し出す。
 思わず受け取ってしまったが、何なんだ。
「あの、何ですか?」
「ポカリです」
「それは見れば分かりますけど、何でこれを俺に?」
「ああ、あなた、お酒臭いですよ。良かったらそれ飲んで酔いを醒まして下さい」
「え、あ、ああ、そうですか。ありがとうございます」
「いえ、じゃあ、おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい」
 俺は自分の部屋へと戻る男の姿を見送った後、片手にあるポカリを見た。
「…………」
 あの男、まあ、悪いやつではないみたいだな。





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