ゴトウサンノ片オモイ
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幽霊だけにいざ黙ると存在感を消すことが上手いゴトウさんだった。
俺は、存在を忘れていたことなどおくびにも出さずに「食べ始めたばかりだからもう少しかかる。待っていられないのか?」と言った。
「えーっと、はい」
ぼそりと言ったゴトウさんは顔を赤くしている。
早く恋バナがしたいゴトウさんに対し、こっちはゆっくり食事がしたい気分である。
出来ればこっちの食事が終わるまで待っていてもらいたいところだが、もじもじしたまま待たれるのも嫌な感じだ。
「……飯食べながらでも良かったら今からでも話そうか」
そう言うと、ゴトウさんは、ぱぁっ、と明るい顔をして「ええっ、良いんですか」と言う。
「良いも何も、あんた、そのつもりだったんだろ」
図星を言われてゴトウさんが腹の底からひねり出すように、ううっ、と唸り声を上げる。
「ほら、そんな風に頭の上をふわふわ飛んだままじゃ話しもしにくいから、とりあえず俺の前の空いてる椅子に座われよ」
幽霊が椅子に座ることが出来るのかは考えずに、俺はゴトウさんに椅子を勧める。
ゴトウさんは空中から降りて来て、俺の進めた椅子にするりと座った。
俺は、思わず「おおっ!」と声を上げる。
その声に反応して、「何ですか?」とゴトウさんが聞いて来たので、思ったまま「幽霊も椅子に座れるんだなと思って感嘆の声が漏れたんだ」と告げた。
「座ってませんよ。座っている風にしているだけです」
ゴトウさんは手品師の様なことを言う。
「どういうことだよ」
「どういうことって、僕、透けているじゃないですか。透けている僕が実体のある物に触れられると思いますか」
ああ、そう言えば、以前、俺がゴトウさんの体に腕を入れてみた時、俺の腕はゴトウさんをすり抜けてしまった。
ふむ。
実体のない幽霊のゴトウさんは実体のある物には触れられない。
「だから、椅子には座れないから、座っている風なわけか」
「はい、その通りです」
「なるほど。その、座ってる風でいて、ゴトウさんには苦痛とかは無いわけか。何か、変な感じがするとかさ」
「苦痛はないですね。変な感じならしていますけど。座ってもいないのに馬鹿馬鹿しいなって」
「あっ、そう。あの、苦痛が無いなら、出来れば、その、座っている風のまま話してもらって良いかな。こっち、食事中だしさ、飛んでいられるのも立っていられるのも何か気になっちゃって嫌なんだ」
「ああ、はい、良いですよ。何か、本当は座っていないのにすみませんって感じで恥ずかしいですけど」
「そこは置いておく」
「はい」
話はゴトウさんが座っている風で進められることになった。
そんなことはどうでもいい。
俺は、ナポリタンを箸に絡めながら椅子に座った風で俯いているゴトウさんの頭のつむじを見る。
彼の口から話が始まるのを待っているのだが、銅像かと思うくらいにゴトウさんの口は開かなかった。
ここは俺の方から話を切り出すべきなのか。
だとしたら、何の話から始めていいのやら。
そもそも、俺の方から切り出していい事なのか。
話があると言ったのはゴトウさんの方なのに。
ゴトウさん、いざとなったら黙るのか。
あんた、どれだけ引っ込み思案なんだ。
優男風だがルックスもまあまあ悪くない。
ブラック企業に勤める根性もあるあんたの欠点は女々しさと、その究極の引っ込み思案だよ。
俺は、ため息を吐き出し、ナポリタンを噛みちぎり、(どうでもいいが、ナポリタンとナポレオンは似ている)席を立つ。
急に席を立った俺に、ゴトウさんがハッと顔を上げ、不安そうな目で俺を見つめる。
それには構わずに冷蔵庫から冷えた赤ワインを取り出して買ったばかりのソムリエナイフでわりと苦労しながらワインのコルクを抜いた。
そして、ワイングラスにワインを注ぎ入れてテーブルに戻る。
こういう時は酒に限る。
話が進むときも進まない時も酒だ。
俺は、テーブルにグラスを置く。
一つを自分の手元に、もう一つのグラスをゴトウさんの手元に。
そうして気付く。
「片葉君、僕は飲めませんよ」
そう言って笑う後藤さんの声が渇いて聴こえる。
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