ゴトウサンノ片オモイ 1p おかしな夢のせいで不機嫌に目覚めた俺は、不機嫌なまま、自分の身なりが甲斐に借りっぱなしでいた服であることに気が付いた。 仏頂面でクローゼットを開き、着替えを取り出して着替えると、乱暴に扉を開けて寝室を出てリビングに入った。 「片葉君、おはようございます」 不機嫌な俺を、ご機嫌なゴトウさんが笑顔で迎える。 「おはよう。今何時だ?」 幽霊に時間を訊くなど、何だかおかしな感じだなと思ったが、そう思った瞬間にはゴトウさんが「十二時二十分です」と、壁に掛かった時計を見ながら答えていた。 二時間くらい寝っていたことになるのか。 「随分とゆっくり寝ていましたね」 ゴトウさんは言う。 「の、ようだな」 俺は答える。 あんな夢を見るくらいならもっと早く目が覚めても良かった。 悔しいが、こういう時に限って睡眠とは思う様にならない物だから仕方ない。 夢など見るのか知れないゴトウさんが俺の真上をゆらゆらと漂っている。 俺はゴトウさんを見上げ、思う。 あんなふうに飛べるなんて、ちょっとおもしろそうだ。 俺が幽霊になった際は是非とも真似してみたいものだ。 そんなことを思っていると、ゴトウさんから声が掛かった。 「片葉君、起きたばかりで申し訳ないのですが、あの、甲斐さんのことなんですけど……」 もじもじとしながら俺を見下ろすゴトウさん。 もじもじとするのはゴトウさんの癖なのか。 訊いてみたいが、訊いても多分、どうしようもないことだろう。 だから俺は、どうしようもなくないことをゴトウさんに向かって言う。 「ああ、そうだったな。しかし、その前に腹ごしらえさせてくれ。なんだかお腹が空いちまって」 腹が減っては戦は出来ぬ、だ。 「あ、はい、どうぞ」 ゴトウさんの了承を得た俺は、優雅に宙を飛ぶゴトウさんから視線を地上に戻し、キッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて、冷凍室から冷凍のスパゲッティナポリタンの袋を取り出した。 こいつはテレビのコマーシャルでやっていて気になっていたやつだ。 お手軽に老舗の味をご家庭で、と歌っているこのナポリタン。 値段が安いうえにビッグサイズとなかなかナイスな商品だ。 昨今の冷凍食品は手軽に食べれてなかなか美味いので、俺はいくつか買って冷凍室にストックしている。 外装を破り、冷凍ナポリタンを電子レンジで温めている間に、電気ポットですでに湧いていたお湯を使い、インスタントコーヒーを入れる。 出来上がったコーヒーを一口飲んでみるとまあまあ美味かった。 甲斐の入れたコーヒーは中々の美味さだった。 いや、いやいや、ダメだ。 あんな奴をほめるなんてダメだ。 自分でも下らないと思う心の葛藤を抱いているうちに、電子レンジがリズミカルな音を鳴らし、冷凍ナポリタンがナポリタンになった事を伝えた。 電子レンジから取り出したナポリタンは恐ろしく熱くて、俺は、熱い、熱い、と一人、大騒ぎをした。 熱さと熱気と格闘して取り出したナポリタを皿に移し替え、滑る様にしてキッチンの横の小さな四角いテーブルに置き、クッションのしっかりした椅子に座り、フォークなんてものは使わずに箸でナポリタンを、ずるりと啜る。 うむ、これが老舗の味か。 老舗の味か否かより、俺が作るよりは美味いだろう。 そうだ、粉チーズがあったよな。 座ったまま、キッチンカウンターの上を見回して粉チーズを探す。 あった。 テーブルから立ち上がり、粉チーズを取って戻ると大胆にナポリタンに振りかけた。 いい感じだ。 こうなれば、タバスコも欲しい。 ああ、何だか赤ワインも飲みたくなって来た。 確か、冷蔵庫に一本冷えていたはずだ。 この際、簡単なサラダでも作っちまうか。 レタスとトマトと後何かあったろ。 「あの、片葉君、それ、いつ食べ終わります?」 ゴトウさんの声が頭上から掛かる。 俺はビックリして箸を取り落とした。 ゴトウさんの存在をすっかり忘れていたのだ。 [次へ#] [戻る] |