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ゴトウサンノ片オモイ
19p
「あの、泊めてもらったみたいで、ありがとうございました。何か、服まで貸して頂いた様で」
 頭を掻きながら素直に礼の言葉を述べてみる。
 俺は上下黒のスーツを着ていたはずだが、今は、上は白い長袖のティーシャツ、下は黒のジャージを履いている。
 どうやら俺が眠っている間にこの男が着替えさせたらしい。
 確かにスーツで眠るのもどうかと思うので別に構わないが、着ていたシャツまで着替えさせてくれているというところが、何というか、この男……まぁ、うん、良く言えば面倒見のいい男だ。

 男は、俺の顔を見上げながら、「お礼なんていいですよ。俺が勝手にした事です。あ、服は皺になるといけないので、そこに畳んで置いてあります。あなたの持ち物もそこですから」と、そう言って顔を横に向けて指をさした。
 男が示す方を見ると、俺の鞄の隣に茶色い紙袋が置いてあるのが見える。
 その中に俺の洋服が入っているのか。
 わざわざ畳んで紙袋にまで入れて置いてくれるなんて、気が利くな。
 うむ、この男、面倒見のいいのに違えない。
 しかし、まるで、妻帯者の友人の家に泊った時の奥さんの行いの如くな気の利き方なのが気になる所だが。
「ありがとうございました」
 俺が頭を下げると男は、「別に。よく眠れました?」と訊いてくる。
 それに対して、俺は得意の愛想笑いを浮かべて答えた。
「はい、お陰様で。あの、俺、実は昨夜のこと、全く覚えて無くて。えーっと、それで、ですね。どうして俺がこちらに泊らせて頂くことになったのか、出来れば聞かせて頂けるとありがたいんですが」
「ああ……そうですか。まぁ、座ったら」
 そう言って男は、彼の正面にある空いた椅子を俺に勧める。
「はい」
 俺は素直に示された席に座った。
 椅子の座り心地は硬くて冷たくて最悪だ。
 まぁ、折り畳み椅子に座り心地なんて期待などしていなかったが。 
 俺が座ると、男は立ち上がり、「ちょっと待ってて」と言ってキッチンへ向かった。
 俺は、ダイニングからキッチンに立つ男の背中を眺める。
 男は姿勢よくキッチンに立ち、カタカタと音を立てて何やらやっている。
 俺はそれを黙って見守った。

 しばらくするとキッチンからコーヒーの良い香りが漂って来た。

 男がくるりとこちらを向く。
 俺は見ていたことが何となく気恥ずかしくて、男からそれとなく視線を外す。
 男は長四角の白い盆を両手で持ってテーブルに戻った。
 男は丁寧な手つきで盆をテーブルの上に置く。
 盆を見るとコーヒーの注がれた白いカップが二つとミルクの入った小さな白い陶器のミルクピッチャーと飴色の角砂糖を入れた小瓶、ふわふわのクロワッサンの盛られた白い皿が載っている。

 男は盆からカップを持ち上げると俺の前に置いてくれた。

「コーヒー良かったらどうぞ。砂糖とミルクはご自由に。クロワッサンも。朝食に良かったら食べて」
 男に言われて、俺は礼を言いつつブラックでコーヒーを一口飲む。
 うむ、美味だ。
 だが、今はコーヒーをゆっくりと味わっている場合ではない。
「あの、コーヒー、美味しいです。それで、ええっと、俺はどうしてここに?」
 これを聞かずにはいられない。
 俺には、この男の部屋に何故泊ることになったのか、是非とも知っておく必要があった。
 なぜって、バー・カルナバルでの失態もある。
 考えたくもない事だが、万が一でも、この男の前でカルナバルでの様な醜態をさらしたのだとしたら、弁解の一つでもしなければならない。
 俺が真っ当な人間であることをこの隣人に疑われる様なことは俺のプライドが許さないのだ。
 切実な悩みを抱える俺に対し、男の方はのんびりとしたものだった。
 男は、ああ、それね、と言うと、クロワッサンに手を伸ばして話し出した。


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