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ゴトウサンノ片オモイ
9p
「僕の、僕の心残りは……僕には、片思いの相手がいまして。相手のことは、ひとめぼれで、僕はただ見ていることしかできなくて。相手にどんな趣味があるのかとか、好きな食べ物は何か、とかも全く知らなくて。だから、その人のことが知りたい。そして、この気持ちを伝えることが出来たなら、僕はもうこの世に思い残すことはありません」
 恋の悩みと言う訳か。
「片思いか。分かったよ。あんたが成仏できるように手伝ってやるよ」
 適当な気持ちで俺は答えた。
「本当ですか。ありがとうございます、ありがとうございます。なんか、急に死んじゃって、成仏も出来なくて、心残りがあるまま、永遠にこの世をさ迷っているのかな、なんて思って落ち込んでいたんですけど、まさか、こんな風に成仏に協力してくれる方に巡り合えるなんて思っても見ませんでした」
 優男は目に涙を浮かべている。
「おいおい、泣くほどのことかよ。大げさな奴だな」
 まぁ、成仏が掛かっているんじゃ泣くほどのことかもしれないが。
 それにしても、恋の悩みで成仏出来ないなんて、中々乙女チックな男だ。
 俺の悩みと言えば、目下のところ懐が寂しいことだけだが、そんな悩みは死んだらなくなるだろう。

 優男は涙をシャツの袖で拭うと「そりゃ、泣きますよ。こうして誰かと話をしたのは久しぶりで、それだけでも嬉しくって。ずっと一人で心細かったんです。成仏も出来ずに、このまま永遠に一人でいるのかなって思ったら悲しくて、毎日泣いて過ごしていたんです。君がこの部屋に来てくれて良かったです。まさか、僕の姿が見える人に出会えるなんて思ってもみなかったですから」鼻声でそう言う。
 優男の目は泣いたせいで赤くなっている、しかし、その顔は嬉しそうだ。
 泣くほど嬉しいか?
 綺麗な女ならともかく、男の俺なんかとおしゃべり出来ても喜ぶことは何もあるまい。
 俺は、泣いている男の顔を複雑な気分で眺め、煙草をもみ消した。
 そして、二本目の煙草に手を伸ばそうとして途端、あくびが出て止めた。
 急な眠気が俺を襲う。
 瞼を開けているのが辛い。
 眠っているはずなのに眠たいなんて疲れる夢だ。
「なぁ、話の途中で悪いんだが、俺、そろそろ眠りたいんだけど。あんた、おれに特に用事がないなら消えてもらえないか」
 あくびをしながら俺が言うと、優男は「あ、そうですよね。こんな時間に付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「いや、別にいいよ、ただの夢だし」
「え、夢? 何の話ですか?」
「こっちの話だよ。じゃあ、俺、寝るから」
「あ、はい、あっ、あの、君の名前、訊かせてもらっても良いですか」
 優男が慌てた様子で言う。
「はぁ? 俺の名前? 片葉双一(かたはそういち)だけど」
「かたは……君ですか」
「ああ、片方の片に、葉っぱの葉で片葉。無双の双に数字の一で双一」
 説明してやると、優男はああっ、と頷いた。
「分かりました。僕は……僕は、梧桐藤一郎(ごとうとういちろう)です。木に五に口の梧に、きりでとうと読んで梧桐。藤に一郎で藤一郎です」
「ああ、はいはい、ゴトウさん、ね、分かったよ。じゃあ、おやすみ、ゴトウさん」
「はい、おやすみなさい片葉君。また朝に」
 そう言うと、優男はすぅっと姿を消した。
 また朝に、って何だよ。
 まぁ、いいか、夢の話だ。
 俺は布団に潜り込むと目を閉じた。




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