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ゴトウサンノ片オモイ
プロローグ
「悪霊退散! 悪霊退散!」
 俺は、辺りに塩をばら撒きながら気合を入れて、繰り返し言った。
「きえぇーぃ!」
 そう大きな声を出すと、俺は真顔で合掌して後ろを振り返る。
 振り返ってみれば、スーツ姿の偉そうな人間、数人が俺を複雑そうな顔をして見ていた。
 ここは、とある会社の社長室だ。
 俺は、依頼を受けて、この社長室に出るという幽霊の除霊をしていた。
「これで除霊は終わりです」
 俺がそう告げると、頭の禿げあがった男が俺に縋りついてくる。
 その男は、高い声を出してこう言った。
「あの、本当にこれで社長室にいる時、突然頭痛にさいなまれたり、会社の階段から滑ったり、エレベーターに挟まれたり、普段はハイヤーなのにたまたま電車に乗ったら痴漢に間違われたり、という事は起きなくなるんでしょうか?」
 俺は、業務用の笑顔を作って答える。
「大丈夫ですよ、社長。もう社長におかしなことが怒る心配はありません。社長に憑りついていた前社長の霊は私が完璧に除霊しましたから」
「ありがとうございます。これで安心して仕事が出来るというものですわい」
 頭の禿げあがった男……もとい、社長は、ガハハハッと笑うと、汗ばんだ手で俺の手を握る。
 後で手を洗わねばなるまい。
「所で社長。謝礼の方なのですが」
 俺が控えめな風にそう言うと、社長は「そうでしたな、おい!」と手を叩いた。
 すると、眼鏡をかけたインテリ風な男が俺の方へ来て、厚い茶封筒を俺に渡す。
 俺は、断って中身を確認した。
 つい、口笛が出そうな金が中に詰まっている。
「こんなにいいんですか?」
 俺が訊くと、社長は笑いながら「足りなかったらおっしゃって下さい」と言う。
「いえ、十分ですよ。ありがとうございます。では、私はこれで失礼させて頂きます」
「さようですか。おい、秋山、拝み屋さんを玄関までお送りしろ!」
 社長が偉そうにそう言う。
 送りなんてこっちが気を使うだけだ。
 勘弁して欲しい。
「社長、それには及びませんよ。一人で戻れますので」
 俺は丁重にお断りする。
 しかし。
「そうはいきませんわ。本当は私がお送りしたいんですが、これから会議がありましてな。ですので、秘書の秋山に玄関まで送らせますわ。秋山、頼むわ」
 社長の命令に、さっき俺に金を渡してくれた男が「はい」と答える。
 秘書は会議に出席しなくていいのかよと思うのは俺だけだろうか?
 そう言えば、この秋山という男、終始うさん臭そうに俺を見ていた。
 俺としてはそんな相手に送られるのは勘弁中の勘弁なのだが、もう仕方ない。
 俺は秋山を引き連れて社長室を出た。

 長い廊下を歩いて、エレベーターに乗り込むと、ずっと黙っていた秋山が口を開いた。
「あの、今回の除霊の件なのですが。あなたの霊視によると、前社長の霊が社長に憑りついている、という事でしたが、本当でしょうか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「前社長は大変穏やかな方で。社長の事も突然亡くなるまで 随分と可愛がっていらしたので。前社長が社長に憑りついていると聞いて、どうも腑に落ちないというか」
 秋山は眼鏡を人差し指で押し上げる。
 眼鏡の奥の秋山の目は厳しく光り、完璧に俺を疑っている目をしている。
 俺は、穏やかな笑みを浮かべて「私の霊視ではそのように見えましたが……しかし」と言った。
「しかし?」
 秋山の表情が一瞬変わる。
 これは得たりだ。
「ええ、もしかしたら、前社長は何か心残りがあるのかも知れませんねぇ」
 意味深そうな顔をして俺は言う。
「心残りですか?」
 秋山は俺の目をしっかりと見ている。
 話に興味を持って来たようだ。
「そうです、何か心当たりはありますか」
 秋山は少し黙ってから、「そう言われたら、心当たりが……」と言う。
 俺は心の中で舌を出す。
「そうですか。心当たりがおありなら、出来る事でしたら、社長と一緒にして差し上げると良いですよ。供養になりますから」
「はい。社長に話してみます」
 そう言って秋山は頷いた。
 ちょろいものだ。
 エレベーターの扉が開く。

 エレベーターを降り、玄関まで行くと、俺は、ありがとうございました、とお辞儀をしている秋山に背を向けて都会の街を歩きだす。
 
 今日の仕事はやれやれだった。
 最後に痛い腹を探られずに済んだ。

 俺は拝み屋として仕事をしている、が、俺には霊能力なんてものは無い。
 霊なんか、生まれて二十三年、見た事も聞いたことも無い。
 そう、俺はインチキ霊能者だ。

 二十一歳のころからこの商売を始めて今年で三年目。
 何をしても長続きしない性格の俺が唯一続けられた仕事がこの拝み屋の仕事だった。
 初めはアルバイトで同業者のアシスタントをしていた。
 そいつがまた、実に怪しかった。
 霊感何てある様には全然見えないのだ。
 アシスタントの俺から見ても、ただの口の上手い詐欺師だった。
 それでも、そいつの所にお客はやって来て、そいつの怪しい霊感に頼り、怪しいお祓いや祈祷をして貰っては依頼料を支払っていく。
 その様を見ていて、もしかしたら、俺にもできるかも、と、霊感も無いのに拝み屋を始めて見たら客がついたのだ。
 客を騙しているとは思わない。
 依頼人はほとんどが俺を有難がっている。
 現に、リピーターもいるくらいだ。
 しかし、舌先三寸だけで、自分でもよくやって来れたものだと思うが。
 拭けば飛ぶようなこんな仕事でも、一人で生きて行くには、まぁまぁの稼ぎになる。
 儲けた金で、俺は明日からマンション暮らしが叶うのだ。



















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