虹蛇 4p 天谷と日下部は、二枚目のホットケーキを焼き始めていた。 天谷はフライ返しを握りしめて、ホットケーキを裏返しにするのをスタンバイしている。 (さっきの天谷の毒の話、正直、ちょいハードだったわ) 日下部は冷や汗を拭うと天谷をチラリと横目に見た。 天谷はホットケーキ作りに集中していた。 メガネに油がついたらしく、天谷はメガネを外してシャツの裾にレンズをこすりつけた。その間も、天谷は、ぼやけた視界でホットケーキを捉えている様だった。 (気にしてるのは俺の方だけか? この後、どんな会話したらいいわけ?) 日下部は、天谷に聞こえないよう、小さく唸る。 「なぁ、日下部、さっきの俺の話、もしかして引いた?」 突然に天谷が日下部の顔を見て言う。 二人の目が合う。 「ええっ?」 日下部は何と答えたらいいのかわからずに天谷から視線を逸らす。 「なんか、ごめんなさい」 天谷が謝った。 「ええっ?」 しおらしい天谷に、日下部は戸惑いを隠せない。 (こいつ、普段憎まれ口ばかりなのに、どうしたんだよ? やっぱり、継母の話題がタブーだったとかか? いや、でもこいつの方からした話だぜ……ああ、きっかけは俺か? うっ、だめだ、この空気、耐えられねぇ。なんとかせねばだ) 日下部は、気合いを入れるように小さくガッツポーズをする。 「あの、日下部?」 「え、ああ、だっ、大丈夫。引いてないし、謝ることもないよ。あ、ホットケーキ、もういいんじゃないか?」 「うん。……ひっくり返す」 天谷はフライパンとホットケーキの隙間にフライ返しを滑り込ませる、そして……そして、天谷はそのまま固まった。 「おい、どうしたよ? 早くひっくり返す!」 日下部はそう言うが、天谷はフライ返しを持ったまま動かない。 そんな天谷に日下部は戸惑う。 「なぁ、天谷先生、マジでひっくり返さないと焦げるぜ。固まっちゃって、どうしたんだよ」 「いや、どうやってひっくり返すのかなって」 天谷の台詞に日下部の眉が上がった。 「え、マジで言ってんの? ホットケーキの生地をフライ返しで持ち上げて、裏に返す、簡単だ。やれ、早く!」 「で、出来ない!」 「はぁ?」 「だって、俺、こんな……実は初めてかも。いきなり、無理……かも」 泣きそうなトーンの天谷の声に、日下部はハッとした。 「大丈夫だから、ゆっくり……上げて」 日下部は急に、優しい声色で言う。 「……うん。ドキドキする。上手くいくかな」 天谷はゴクリと唾を飲み込む。 「大丈夫だから、そう緊張するな。ゆっくり」 日下部のそう言う声は実に優しい。 天谷は日下部の言う通り、ゆっくりとホットケーキを持ち上げる。 「ほら、もっと高く上げて」 「あ、うっ、こう?」 「もう少し上げて」 「ううっ、怖いよ」 「大丈夫だから……もっと」 「こう?」 「いいよ。……はーい! 今だ! 一気にドーン! ひっくり返す!」 「ドーン! っつ、いっ! あっ、ああっ、熱!」 天谷はフライパンの持ち手に手をぶつけた。 熱々のホットケーキが天谷の足の上に落ちた。 「お前、不器用の極みかーっ!」 日下部が叫ぶ。 「ごめん」 天谷の顔は暗い。 そんな天谷を見て日下部は焦る。 (しまった) 天谷はしょんぼりとしてホットケーキを拾おうとした。日下部は素早く代わりに拾うと「俺こそごめん。えーと、次は俺が焼くから、天谷は見てな」そう優しく言った。 「うん」 天谷は少し笑った。 日下部はチューブに入った蜂蜜に手を伸ばすと、天谷に、「ちょっとどいて」と言って、代わりにフライパンの前に立ち、蓋を開け、チューブを搾り、フライパンの上に蜂蜜を垂らしていく。 「え、日下部、なにしてんの?」 「まあ見てろよ」 [*前へ][次へ#] [戻る] |