虹蛇
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二人はカササギデパートを出ると、駅の方へ戻り、道沿いに並ぶ店の中に紛れた小さなコンクリートのビルの中に入った。
このビルは、いくつかのテナントが入っていて、その中の一つが日下部おススメのラーメン店なのだった。
店は二階だ。
日下部と天谷は階段で二階まで登る。
エレベーターもあったが、日下部が階段で行こうと言うので、天谷は渋々とそれに従った。
二階に着くと、二つ飲食店があった。
二つともラーメン店で、花丸屋と、きみ灯篭(どうろう)。
日下部のおすすめは、きみ灯籠の方だった。
日下部は、黒いカーテンの引かれた店の扉を開け放ち、天谷に先に入る様にと勧める。
天谷が、恐る恐る、という感じで店に入る。
日下部が天谷の後ろから続いた。
店に入って中の様子を見た天谷の口からは、感嘆の声が漏れた。
店の中には星が瞬いていた。
店の中は、プラネタリウムの様になっていた。
天井や壁や床に小さな宇宙が広がっている。
店のテーブルは、それぞれのテーブルに置かれた小さなライトで照らされていた。
そして、店にはシューベルトが静かに流れていて、それに応えるかの様に、客達は静かにラーメンを啜り、静かに語り合っている。
とてもラーメン店とは思えない雰囲気だが、店にはラーメンと油の匂いが立ち込めていた。
そのアンバランスさがまた良かった。
「何ここ、凄いんだけど。めちゃくちゃ感動した」
この店では、囁き合うのが正しい会話の方法だと言わんばかりの囁き声で天谷が日下部に言う。
「だろ、店の雰囲気も凄いけど、ラーメンも凄く美味いんだぜ」
日下部も当然のごとく囁いた。
「いやっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
二人に近付いてそう訊いた店員も囁く。
やはり、この店での会話は囁き声で、の様だ。
店員の問いに「はい」と、囁く日下部。
「カウンター席なら直ぐにご案内出来ますが」
店員にそう囁かれて、「どうする?」と日下部が天谷に訊く。
「別にカウンターでも大丈夫だけど」
天谷の答えに、日下部が、「じゃあ、カウンター席で」と囁いた。
店員は、「かしこまりました」と囁き、歌う様に「二名様、カウンター席ごあんなーぁい」
と、多少大きな声で言った。
そこは囁かなくていいのかよ、天谷は思ったが、口には出すまいと決める。
案内された席に行くと、二人は、着ていたコートを椅子の背もたれに引っ掛けて荷物を椅子の下の荷物入れの籠に置いて、二人並んで、少し高めのカウンター席に着いた。
そして、顔を寄せ合って青いライトにメニューを照らして見る。
日下部は、ネギ味噌辛めラーメン麺硬めに直ぐに決める。
天谷は、メニューとにらめっこをして、どれにするか悩んだ。
そんな天谷を、日下部が「早く決めろよ」と急かす。
「だって、どれが美味しいのか分かんないんだもん」
天谷は、掛けている眼鏡を片手で押さえてジッと手に持ったメニューを睨んでいる。
「ここはどれも美味いんだよ」
日下部がカウンターに置かれたコップを指でなぞりながらそう囁く。
コップには水がなみなみと注がれていた。
「そんな事言われたって」
メニューから、ラーメンの味の味噌、醤油、塩を選ぶだけでも天谷は迷ってしまう。
「あぁーっ、チャーハンもあるし、どうしよう」
小声で悲鳴を上げる天谷に日下部は、「お前、ラーメン屋に連れて来られてチャーハンかよ」と、あきれ顔で突っ込んだ。
「だって、チャーハン好きだし」
「でも、空気を読んで、ここはラーメンを頼めよ」
「ぐっ、そんな事言われても。あ、そうだ、日下部のおススメってあるの?」
天谷がメニューを日下部に押し付けて言うと、日下部は、そうだなぁ、と囁いた後、「これかな」と、メニューの一番上に書いてある灯篭ラーメンを指さした。
「じゃあ、それにする。それの、えーっと、醤油。麺は普通で」
そう天谷が決めると、日下部は二度頷き、「じゃあ、注文するな」そう言って、カウンター越しに店員を呼ぶと、ネギ味噌辛めラーメン麺硬めと灯篭ラーメンの醤油麺普通と、後、餃子を注文した。
店員が注文を聞き終わり、水の入ったコップをカウンターの上に置いて離れると、天谷が、「お前、餃子も食べる気?」と日下部に訊ねた。
日下部は、嬉しそうに「ああ、一緒に食べようぜ」と言うと、カウンターに置かれたコップに口を付けた。
(一緒に食べようなんて、勝手に決めて)
そう思いながら、天谷もコップに口を付ける。
「水、冷たい」
天谷は、そう囁いてコップを置いた。
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