虹蛇 13p 探したところで、つまらない言葉しか出て来ないのに、天谷は言わずにはいられなかった。 「で、でも、俺はっ……。そ、そもそも、日下部は俺なんかと一緒に寝て大丈夫なのかよ。髪濡れてるし、体冷たいし。俺、お前より身長あるから邪魔だろうし。女じゃないし、何も楽しい事なんてないだろ。それでお前はっ……」 「全部いいよ」 天谷の言葉を遮って日下部が言う。 その言葉に天谷は息を呑みこんだ。 今、日下部はどんな顔をしているのか? どんな顔をして、その言葉を言ったのだろうか、と天谷は思う。 天谷は日下部の鎖骨に額をくっつけているので知れない。 (何これ、胸が痛くて、苦しくて、頭が真っ白になる) 天谷の霞が掛かった様な頭に日下部の声が響く。 日下部が何を言っているのかは天谷には分からない、ただ、名前を呼ばれた気がする。 何を言われても、もういい、と天谷は思った。 日下部が全部いいなら、そう言うなら、それなら。 「っつ……なら、好きにしたら」 天谷の声は上ずった。 「そか」 天谷の視界で、日下部が何処かたくらみのある目をして柔らかく笑うのが見える。 ぼんやりと、日下部のその顔を見ていた天谷だったが、日下部の天谷を抱きしめる腕に力が入り、天谷は驚く。 「ちょ、苦しいっ。日下部っ……」 「好きにしていいんだろ」 天谷の耳元で日下部の声が響く。 天谷は痺れる様な感覚に襲われる。 それに抗おうと、日下部の腕の中を天谷は泳ぐ。 息が苦しいのは唇が日下部の鎖骨に押し当てられているから。 「んっ、日下部っ」 もう、自分をどうしていいのか分からずに天谷は日下部の名前を呼ぶ。 「何、天谷?」 名前を呼ばれるのがくすぐったい。 「何でも、ないからっ!」 「ふーん」 日下部が腕の力を弱めた。 天谷は日下部に埋もれながら荒く呼吸を繰り返す。 落ち着かない心臓が音を鳴らし、天谷の冷静さをじわじわと奪う。 このままだと、日下部に鼓動の音が聴こえてしまう。 そう思うと天谷は堪らなかった。 「……あの、日下部」 「何?」 「……何でもない」 沈黙が怖くてつい日下部の名前を呼んでしまう。 (どうしよう。何かパニックになって来たんだけど……誰かと一緒に寝るってこんなに大変な事なのか?) 思えば他人と寝た記憶は天谷には無かった。 一緒に寝る? だなんて口走った自分が天谷は呪わしい。 (つか、俺のこの態度って正解なのか? 日下部に変に思われてないか? 俺のこれっていわゆる添い寝ってやつだよな。正しい添い寝の仕方として、これってどうな訳? 分からない。全く分からない。このまま寝てればいいのか? 分からない。もう、いっそ、日下部に訊くか? いや、男としてそれはいかがなものか? ううっ、ああ、もう、ダメだ。頭が痛い) ぐるぐると思考回路が回る天谷の頭がベッドの軋む音と共に横に倒れ、枕の上へ沈んだ。 はて? と目を瞬かせて見ると、日下部の顔が正面に見える。 体が重くて、それが日下部の体の重さだと気付くと心此処にあらずであった天谷の思考は現実に戻された。 [*前へ][次へ#] [戻る] |