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虹蛇
23p
 インフォメーションまでは、天谷達がいる位置からは直ぐだった。
 インフォメーションではちょうど女の子の母親が女の子を探しに来ていた。
 本来ならそれでめでたしめでたしと言うところだったが女の子が天谷からなかなか離れようとしなかった。

「かほりちゃんったら、お姉さんから離れなさい! ずいぶん心配して探してたのよ! ほら、こっちにおいで!」
 母親はそう言うと天谷から女の子を引き離そうとした。
「嫌、お姉さんといる! お姉さんに抱っこしてもらうの!」
 女の子は天谷の胸に顔を埋めて駄々をこねる。
 女の子の母親も天谷も日下部も、ずっとこの調子の女の子にほとほと困り果てた。
「嫌だわ、この子ったら。あなたの事、随分気に入ってしまったみたいね」 
 母親が天谷にそう言うと、天谷は「え、気に入ったってどうして」と腕の中の女の子を複雑そうな顔をして見た。
 母親は、ふふっと笑うと、「だって、あなた、魅力的だもの」と天谷に向かって言った。

 女の子をやっとのことで母親に引き渡すと、天谷と日下部はインフォメーションを離れて歩き出した。
「これから保健室行くぞ」
 日下部が天谷にそう言う。
「何で?」
「何でって、あんたの腕だよ。見せて見な」
 日下部は天谷の腕を取ると、「少し腫れているかな」と顔を顰めて言った。
 天谷は大事そうに腕を取る日下部の手をそっと振り解く。
「こんなの、大丈夫だから」
 そう言って天谷は袖で腕を隠す。
「ばか、後で酷くなったらどうするんだ。保健室に湿布くらいあんだろ。行こうぜ、小宮にはもう保健室に行くって連絡しちまったから」
「……うん」

 天谷と日下部は人の波をかき分けて保健室へと廊下を進む。
 天谷はずっと黙って緑色の廊下を見ていた。
 天谷の顔は複雑そうな表情を浮かべている。
「どうかした? 腕、痛むのか?」
 日下部が心配そうに訊く。
 天谷は首を小さく横に振る。
「ううん、違くて。さっき、あの子の母親が妙な事言ったから、何か、考えちゃって」
「妙な事?」
「うん、俺の事、魅力的って」
「それが妙な事か?」
「うん、そんな風に言われた事無かったし、自分でもそんな風に思わないから……」
「ふぅん」
「……」

 言葉を無くした天谷は、窓から入る光の眩しさに目を伏せる。
 天谷の瞳の中を光の粒が踊る。

「……俺も、そう思うぜ」
 日下部の声がそう言う。
 天谷は目を開き、日下部の顔を見た。
 日下部は前を向いていて天谷と視線を合わせないでいる。
「いや、流石、小宮が選んだだけの事はあるなってさ」
 そう言って、照れ隠しの様に日下部は鼻の頭を擦る。
 天谷は「小宮が、選んだ?」と首を傾げる。
 日下部が、ああ、と頷く。
「小宮は誰とでも仲良くするやつだけど、誰これ構わずに世話を焼く様なやつじゃ無いからさ。あんたの事、必死に探してる様子のとこ見ると、小宮はあんたをよっぽど気に入ってるんだよ。だから、まぁ、あんないい加減なやつだけどさ、小宮の事、よろしく頼むわ……って、何か上手い様に言えないわ、ははっ」
「嘘」
「へ?」
「小宮が俺を気に入ってるなんて嘘だよ」
 天谷は切なげに言う。
 日下部がハッとした顔で天谷を見る。
「お前……」
 日下部は言葉を無くしたように一瞬黙る。

 天谷は考える。

(小宮が俺を気に入るだなんて、そんな事、あるのかな、俺が誰かに気に入られるなんて、そんな事……俺の事なんかを……)

 漠然とした不安が天谷を襲う。
 誰かに好かれれているかどうかなんて事を、天谷は今まで意識した事が無かった。

 もし、違っていたら?
 もし、そうじゃなかったら?

(俺の事なんて、誰も……)

「そんな顔するなよ。心配すんな。小宮はお前を好きだよ。……俺も、お前を気に入ったよ」
 日下部は最後の台詞を小声で言った。
 その声は天谷の耳に届いていた。
 天谷は体がじんわりと温かくなるのを感じた。
 そして、天谷は急な恥ずかしさに襲われた。
「あっ、あっ、な、なっ、何言って……」
 天谷の頭は混乱していた。
 日下部もつい出てしまった自分の台詞に大いに混乱しているようで、焦りの現れた顔をしている。
「いや、あっ、違う! そう言う意味じゃ無くって、リスペクトの意味って言うか! あっ、ほら、保健室、着いたぞ!」
 日下部は天谷から視線を外して、いつの間にかたどり着いていた目の前の保健室の扉を音を立てて、がらりと開いた。




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