神様/悪魔/代理の私 次へ 月 日 また、写真。 写真。 月 日 こんな、愛してる、は、悲しい。 月 日 次は誰が死ぬんだろう? 神様/悪魔/代理の私 頭のなかに、あの景色が映る。 足元に散らばった「愛してる」が乾いた景色となって、私を見下している。 その最低な存在を否定するような言葉は───時間が止まったような部屋の中に唯一動いている時間を象徴する。 唯一、全てを破壊する言葉だ。 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる………… 「アサヒが、アサヒまで、居なくなっちゃう!」 思わず、店を飛び出してしまった。私に近付いた途端に、彼の様子がおかしくなってしまった。 コリゴリやスライムのあとで間近で見るとやっぱり辛くて、悲しい。 やっぱり、彼は私に近づいてはいけなかったんだ。 私は、彼に近付き過ぎた。 あの男も、そろそろかもしれないと言っていた。 マカロニさんが居ないと発現しないはず、のスキダだけれど、私だって専門家じゃないし、あのクリスタルに詳しいわけではない。もしかしたら何かの理由で彼にも変異をもたらす場合も考えられた。 アサヒが…… 「アサヒが……」 アサヒがもしかしたらあの化け物に変化するかもしれない 。私に襲いかかろうとして知性や理性を失くしてしまうかもしれない。 ──私は、そういう者だ。 人の心に干渉し、狂わせ、破壊する。だから、アサヒももしかしたら壊してしまうかもしれない。 ふと脳裏に、あのノートが浮かぶ。こっそりつけていた記録。 『あの人』が密かに、私に近付く人に油を撒いていた── 私に、近付くことを、阻止してくれていた。 「違う……アサヒだけじゃない、みんな、殺されてしまう……?」 いや。 私が殺すのか? 怪物になれば、それはそれで。ううん、まだ、怪物になってるわけではない。 「悪魔の仲間!」 ──どうして私は、独りで居ることをやめたんだろう。 ずっと、今までのように、ただ悪魔のように、神様のように、44街を遠くで見守っていれば、それで良かったはずなのに。 あの、女の子も、アサヒも、短い間だとしても──いろんな思い出を私に授けてくれた。 ぽた、と肌に、滴が落ちる。 涙かと思ったがまだ泣いては居なかった。なんとなく辺りを見渡す。 空が曇って来ている。 ツンと冷たい空気が肌を包む。少し寒い。 月 日 また、人が死んだ。 月 日 また、人が、死んだ。 月 日 また、人が、死んだ。 おかしいと思ってあの人の後をつけた。 悪魔の仲間、って、言って油をかけていた。 月 日 吐くな、吐くなよ? 悪魔の仲間 私と話すと悪魔の仲間だと思ってしまう らしい。 ──『あの人』は、いつも密かに、私に近付く人に油を撒いていた── 私に、他者が近付くことを、阻止してくれていた。 だから私は、独りだった。 「……あ」 来た道を戻ろうと振り向いた先に、彼女は居た。 気付けばいつも、背後に立っていた彼女。真っ赤な傘をさし、そこから顔を覗かせる彼女。 振り向いた私と、目が合った「彼女」。 茶色く染めた黒髪。少し疲れたような窪んだ目、丸みを帯びた特徴的な鼻を持ち、 私にはあまり似て居なかった。 ニイイッと笑って、手にした灯油のボトルを見せ付けるでもなく、重そうに担いで、店に向かっていく。 「待っ───!待って!!待ってよ! 代理の私!」 代理の私は、ぴたりと足を止めて、冷ややかに笑った。 「──代理の私? 私の名前は、せつ。竹野せつ」 店に戻ろうと走る間、 せつはその場に立ったままで居た。 「あぁ──! やっと、私に会ってくれた!! ずっと一目見たいと思ってたんだ……! 君に会いに、隣国から遥々来たんだよ」 「──何を、言ってるの、そんなものを持って」 「悪魔の仲間を、殺しに。 君は誰とも会話せず何処にも行かずにずっと私のものでいれば良いのに。 なあ、なぜ私以外と話す? 私は、今更君なしで生きられない」 手から灯油のボトルを奪おうとする。せつは、おっと、とかわした。 「ここで蓋を開けて良いの? 道路には車もある」 「駄目。ねえ、なぜ──私の前にまで姿を現したの? 今まではずっと隠れてた癖に。私が誰かに会ったその日すぐじゃなく、日を置いて消していた癖に」 「なんのことか、わからないので、もう一度言っていただけませんでしょうかー?」 「──どうして、私なの」 どうして、私には代理が居たのだろう。おかしいと、カグヤたちも言っていた。普通はそんなものは居ないと。 「納豆を」 「はい?」 次第に雨足が強くなる。 ザアアアと滝のような音がする。風邪を引きそうだ。 「最初に納豆を食べた人って、すごいよね」 足元の水溜まりが、カラフルに電光掲示板を反射する。 キラキラして、まるで花火だ。お祭りのパレードみたいだ。 「納豆を最初に、よく食べる気になったなって、よくあんな気持ち悪いものを口に出来たよ。すごい。見た目も虫みたいだし、腐って気持ち悪いのに」 ──納豆好きに喧嘩を売る気なのか? と思ってしまうが、どうやらせつは、真面目に言っている。 「納豆を最初に食べた人に、ありがとう。そう言いたいよね。まだまだ食べられるのに気付かれないものが眠ってるかもしれない」 「あなたは、何を、言いたいの」 月 日 悪魔の仲間なんて、間違い。 あの人は、聞く耳を持たない。 また、人が死んだ。 月 日 私が死ぬ人に話しかけていると 噂が立っている。 月 日 また、人が死んだ。 月 日 死は見えない。終わりが見える。 あの人が、悪魔の仲間だと思った人が、死んでいく。 「私? ただ私は、あなたという芸術を、自国のものとして飾りたいの。 ほら、私、隣国から来てるし──」 「そこに、私の、代理をする理由はあるの? 私が、なにかするたびに、あなたが話したことにして書き換え続けてきた意味があるの?」 せつは、傘をくるくる回転させて遊びながらしれっと言い放った。 「代理をしていた訳じゃない。私は、あなたになりたかったんだから」 「──意味が、わからない、私は私。あなたが私になることは不可能よ」 「案外簡単。首を切って、死体をリサイクルする。 実際に死んだ人と入れ替わる。 そうやって情報を操作して成り代わればいいの。 44街を乗っ取ることだって出来る。この国も、おかげで随分我々が住みやすくなってきた」 隣国──! 嫁市場に、手を貸した、学会と提携していたっていう隣国! せつは、隣国から来たスパイだったんだ。 「どうしてあなたが、悪魔だなんだ言われても、なかなか身動きを取らないのかって私は不思議だったけれど──」 すたすた、と彼女は足早に店に向かう。 しかしすぐにボトルを抱えて戻ってきた。 車があるということは大抵は持ち主がいる。 つまり、店に近付いていくにつれて、彼女が思っていたよりずっと人目があったのだ。 せつが慌てて走り出す。私も追いかけるが、途中で見失ってしまった。 「はぁ……はぁ……」 ──遠くでは、恋愛狩りらしい拡声器からの声が響いている。─────────────── 投稿日2021/2/16 22:38 文字数2,713文 [*前へ][次へ#] |