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──椅子さん、お腹すいてない?

──あ、そっか、手がないよね。


「はい、あーん」





 幸せそうな二人の横で、女の子は俺を睨んでいた。
一瞬、言っていることがわからなかった。けれどふと、爆破された家のことを思い出す。あのとき俺は近くを飛んでいたんだ。

「指定された場所をとんだだけだ。
だが、中の様子や家の持ち主の情報は全て調べた。
密告、という形には、なったかもしれない」

女の子は、黙りこんだ。
どうしようか考えているのだろうか。
椅子と戯れている彼女をちらりとみる。
理解できない光景だった。

「愛に餓えているなら溺愛してやるのに」

「ちょっと」

女の子は、ぐっと腕を掴んだ。
どこに握力があったんだがギリギリと
締め上げてくる!!!

「今の言い方、お姉ちゃんの前で、しないで」

「はあ?」

「愛って、そんなに偉いの?

恋って、そんなに凄いの?

溺愛──? バカにしないで!!!」


なんてヒステリーな女たちだろう。さすがに恋愛条例を拒むだけある。常識が備わっているなんて考える方が間違いなのかもしれない。

「溺愛の何がいけないんだ?」



 女の子は俺をまた睨み、それから背を向けて椅子と彼女の方に向かっていく。
彼女も彼女で、椅子とある程度仲良くなることが出来たらしい。嬉しそうにしていた。女の子も嬉しそうだ。




────ふと、彼女の椅子に対する真摯な気持ちに、性欲をぶつけるだけだと思って発言したのを思い出して、思わず目をそらす。椅子の気持ちを考えては居なかった。

(まっ、書類を出すのを見届けたら、帰るか…………)





 しかし。

書類を出しに向かった役場で、彼女はやはり門前払いをくらった。

「いけません! あたまがどうかしてるんですか? あなた愛されたことが無いんでしょ」

他人から改めて聞くと、結構差別的な発言だ。

「もっとねぇ、冷静に考えて?あなたきっと本当の恋を知らないから」

「何が本当の恋だ!!恋愛アドバイザーかあんたはぁ!!」

机の前でじたばたする彼女を周りはクスクス笑って完全にバカにしている。
恋愛条例で強制した癖に、やっと出来た好きな相手をバカにしている。
あの笑顔は、確かに本物だったのに。

「あなたこそ、なにかを愛したことが無いんでしょ! 椅子さんの許可ももらった、ちゃんと二人話し合って決めたのよ!」

受付は耳を塞いでいる。


結局、悔しそうに地面を睨みながら、彼女は早足で役場を飛び出した。

「なんでっ!!」


スタスタ、スタスタ、歩きながら、涙をぬぐう。

「なんで!!! 私っ、悪いことした? 私…………私せっかくっ、好きな相手が出来たのに」


 だから言ったのに、そう言おうとしてやめた。失言ばかりではいけない。
受付が椅子とかかれた部分や写真を見て、あからさまにバカにしている態度だったの
は俺にもわかった。

「人間なんて、会話させてももらえなかった! 好きなだけ無視して、都合が良いときにスキダを投げつけて! 

初めてスキダを見たときは、
恐ろしくて、殺されるとこだった!


あんなの自己満足じゃない!

あんなの、人のなかで生きるのが許された人間同士でやればいいんだ」

ふと、いたっ、と彼女が植え込みのそばに座り込む。頭を押さえている。
石が、降ってきて投げつけられる。

「椅子となんだってー?」

おばさん。

「椅子と付き合うとか言ったやつこいつだよ!」

小学生くらいの男の子。

「ふん、ろくな生まれかたしてないわね」

またおばさん。
人がどんどん集まり、雪崩のように辺りを埋め尽くす。
「おい! 大丈夫、かっ」
いつのまにか人混みに流されて俺も彼女を見失っていた。
そのとき、隣に、すっ、と何かが現れたかと思うと、一番固そうな石を、彼女の頭をめがけて投げた。慌てて取り押さえる。
そいつは、スライムだった。
「あいつが悪いんだああああ! あいつが!あいつが悪いんだ、あいつが悪いんだ! 共感されなくてもいい、あいつが悪いんだ! あいつが、あいつが、スライムのこと、好きだって、言わなかった!」

まずい────
雪崩をかき分け、彼女の行方を探そうとした俺はスライムの体が輝いたのを見た。


スキダ、が現れて、どんどん巨大化していく。


「俺だけをみろー! 椅子に心などない! 俺には心が、あるんだー!」



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