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ギョウザ/ヨウは二世

「いよいよキチガイ扱いが加速する……!」

 面談が中止になった午後、
学会の部下にその報告を受けた会長は蒼白の顔を自らの両手で覆っていた。
「市から『接触禁止令』の許可が、出なかったということは、めぐめぐから露呈する可能性がある……」

 市長と繋がりがある恋愛総合化学会のことは、背景を洗えばすぐに出てくる。それに──『ヨウさん』が学会幹部の一人だという点から見ても。情報がどこから漏れだすかわからない。
 訴えを揉み消したからと言っても、過去、これまでの数々の言動や歴史が消えるわけではないのだ。すぐに証拠は溢れるだろう。
まずい……まずいぞ……
どうにかして、圧力をかけなくては。会長が焦る理由はそこにある。

(私が指示した戸籍屋からの個人情報洗い出し、精神障害者への薬物許可などもそこに噛んでいる──!)

『私は異常ではありません!常識人です』アピールをしなくてはならない。頑張って正気を保たねば。
観察屋が起こしたことはいわば会長の起こしたこと。


 苦悩を知ってか知らずか、
その悩ましいときを見計らうように、ガチャ、とドアが開き、突如会長の私室に長身の男がやって来た。

「ワシが命をかけてやってきたドライブ!何年間もルーティンを踏んでやっと得た!データ!やっとつかんだ!
場所選択、思案ポイント!!!……すべてなし崩し的にゴチャゴチャ〜〜なかったコトにぃ… ……また1からのルーティン作り! ドーヨーコレ?」

凛凛しい眉。くるんとカールしながら分けられた前髪。フリルをなぜか盛大にあしらったスーツに、パーティーにでも出掛けそうなスパンコールのネクタイ。
極めつけにどこかの国で食される芋虫みたいな、または巨人の指みたいに異様な太さの葉巻を口にくわえ──彼はニヤニヤ笑う。


「ギョウザさん……!」

「はぁーん、思い出せば、何年も前からこんなコト、コツコツコツコツやってきて………イカレタんだよなぁ…………血の滲むような努力の末やっとキタ民意訴えタイミング〜♪……………持ってイカレタんだよなぁ……出口の見えない闘いの末にきた結果がコレ………ウフッ」

「はっ! 申し訳ありません」

「接触禁止令、ダメなんでしょう?
じゃー訴えられそうなときに、土日またぎ何度も迫害やってしまったら…アウトだっぺな……最低でも把握して初めての土日で結論だして解決してないと…………世間さまから、反感買うよね?」

 怪しまれ、雲行きが怪しくなるであろうことは単に観察屋に視線が集まる……だけではない。
 ゆくゆくは不正な請求隠ぺい目的の厳しい催促改定、会員の薬物の乱用、犯罪を把握しているのに何ら対処していない、共犯だ!……を国民に向けて発信する予定を立てられるかもしれない。
恋愛総合化学会が44街、いや国内全土に進出する妨げになる。
「ヨウさんの、本は」

「発売は決定事項だ。現実のほうに変わってもらうしかないネ〜〜」

 ヨウさんは幼い頃から幹部候補。世界トップクラスを名乗る立場のために大変な不安も抱いている。
 そんな彼を支えて来た一人が、ギョウザさん。
 学会に出入りする観察屋の上司でありながら、ある組織の幹部の顔を持っている彼は、保険会社などのツテから戸籍屋のデータなどを牛耳って表向き用に企業の社長をしている。
 ヨウさんたちとの仲もあり、会社に多額の支援をもらっている代わりに情報を引き渡したり幹部を匿うというギブアンドテイクが成り立っていた。

「──だって彼『あの薬物』を使えば、彼は世界一の能力を発揮できる天才!!!!!ナンダから」

 ギョウザさんは薬物と、ヨウさん、どちらも肯定し、それらを何でも願いが叶う魔法のように扱っている。
同時に、ヨウさんたちのような『二世』に厚待遇となる世襲制度の見直し……には断固反対という立場も持っている。そのため政治家にはよく言って聞かせている。

 再びドアが開き、今度は『あの男』がやって来た。
ハクナの指揮の彼。

「ハクナのことなので、ハクナが始末にあたっています」

「おぉ〜、いつもご苦労」

「はっ、ありがたいお言葉です」


ギョウザさんがニヤッと笑いながら、観察屋の男を見る。

「ハクナはどうやって仲間を守る?」

「『悪魔』に何があるにしろ、またヘリ飛ばしちゃって……」

「コリゴリは私が始末しました」

「アサヒは、まだよね?」

「はい……申し訳ありません」

「長は支持率の低下で学会の存続の危機を招くことを一番怖がっている……民間が〜、すご〜〜〜〜く嫌がるし、すご〜〜〜くご立腹されるはずょ! そろそろ、公の飛びモノじゃないと、突破口は見出だせないんじゃない?」

「表向きは、『魔の者』が手を広げていく流れの拡大を懸念して人の動きを確認と言ってありますし、ある程度の人通りがある場所での監視は可能、道具も動かせます。観察屋が逐一見張っている間にいつもの手で押さえ込めば完璧かと」

「はぁん、健闘を祈るよ。お前たちにアドバイス。
学会に疑問を持つものがでてきてるかもしれない。まず! 身なりは必ず! チェックされるよ……ダイジンの時代をおもいだして!近づくコト!!…………話をする時は、落ち着いた態度で……暴言、失言、吐かない!!!!大事ネ」

「はい」

 会長が頷き、男も「心得て居ます」と返事をする。ギョウザさんとの関係、直接の仲良しというわけではないが、戸籍屋を牛耳ることで『二世』が匿われ、信者も増えているので軽んじたりすることは出来なかった。
「最後に……カグヤの祖母は、栞にしておいた?」

栞にする、とは物語の間に挟まりそこで動かないという隠語だった。
男はぬかりないことを頷いて伝える。
やがて娘は進路を決め家を出るだろうから、これで実質、あの家具屋には、家具屋しか残らない。
あとは、じじいを脅すなりすれば良い駒になるだろう。
家具屋はなにやら椅子と関係がある様子だったので、これを足掛かりに
『あの椅子』のことも調べあげ、
魔の者を退散させる術を完成させたい。
ゆくゆくは、本当に世界の救世主になれば学会が存続する──
男は、そう考えていた。


 一方で会長は悩む。
めぐめぐを揉み消したからといって、捜査の手が及ばないとは言い切れない。もしかしたら秘密裏に探りを入れられることも出てくるかも。
 ならば今からしばらくクリーンなフリをする? いいや、不可能だ。
 ヨウさんはかなり薬物に漬かっている。こんな依存の仕方をしているケースは、『二世』の真っ向否定案で村八分の危機→不安→薬物→言い訳→不安→薬物→言い訳 というループに陥ってしまうことが多い。ぐるぐると当てもなく尻尾を追い回す犬のように、ただそうするしかなくなってしまう。薬物がなくなっても薬物に依存し続けているだろうから、捜査の目を掻い潜るために、もうやめましょう、などと持ち出して一時的に場を凌ぐことすら不可能だろう。となれば、毎日、毎日、上役へ言い訳!
見捨てないでください!
自分の支持のお願いまわりに奔放するのも最悪、手段としては必要かもしれない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・




ことの始まりは、椅子さんが苛められていたから追いかけたこと。
 しかし──何故か気が付けば、私が空間に閉じ込められていた。
しばらくの攻防の末、自棄になり、もうとにかく帰りたいから出してほしいと、玄関に向かいながら言い出した私は、

『あなた、どうしてそんなに私に絡むの?

と聞いた。

すると彼は──ヨウは突然名乗り、自分のことを話し出した。

 《俺──いや、私はヨウ。お前と同じ、過去に対物性愛者だったことがある!
しかしそれは恋愛総合化学会の存続の圧力でなかったことにされた!》

「ああ、やっぱり学会員なんだ?」

《──そうだよ》

「だったら、対物性愛者同士、学会に抗議を──」

ヨウは私の話は聞かずに続けた。
《そしてきみは、その私と同じ道を辿ろうとしている! だからこそ、力だけではない、君にも興味を持っていた》

「辿ろうとしてない! みんながあなたと同じ思考回路みたいに言わないで!

さすがにちょっとムッとする。
 とにかく、彼はその後、なにかのきっかけで見かけた椅子さんがあれば対物性愛者の誇りを取り戻せると思って力を欲していた。らしい。

《だが、見物していてわかったよ、人間が嫌いなきみなら好きになれる! ここからちからを見せずに出ていくというのなら、付き合え! 物が、過去の恋人が無理なら、力が、手に入らないなら、せめて────》

家のなか。彼のクラスターが変異したスキダに追われ、一旦玄関から引き返したリビングに立ち竦む私に、外からの声は告げていた。外に出れば捕まえるという。

 そういえばクラスターが追いかけて来なくなったなと思ってはいた。
どうやら、先回りして玄関に待機させているようだ。
 どのみち、スキダの力が届かない空間で、椅子さんもいないから逃げるしかなかったところだ。

《お前は私の過去と同じ!
過去の私と同じものは、みんな、私と恋愛しなければならないんだよ!!》

 外からロボットが告げる、あまりに身勝手な理由。
私は打ちのめされそうになる。
そもそも意味が、わからなかった。
それに、大事なのは現在と未来だ。

《いい加減にしろ。
お前が、自分の力だというから! それならこの場所がお前のものか見せてみろ、と命・令してるんだ!
従え、拒否権はないと言っているんだが、わからないのか?》

そう、言っていたことを思い出す。
──あぁ、命令出来るわけだ。
彼は、恋愛が当たり前、周りが従って当たり前、そんな立場なのだろう。
そして、私は私物と思っている。
彼の過去、そうとしか私を捉えてないから、自分をどうしたって勝手だというのだ。

「私……ずっと、人間と恋愛をしない生き方に憧れて生きてきた……
戦って、殺して、襲い掛かる恋愛の化け物にずっと苦しみ、逃げて、必死に……今がある」

「それが、どうしたんだ」

「あなたと付き合うことは、自分を殺し、貴方のために夢を──自分で、なにかを好きになったり嫌いになる、そのための夢を、捨てなくちゃならない」

「それでいい! 俺の恋愛感情の前では、お前の憧れはゴミも同然。さぁ、」

ブチッ。
 堪忍袋の緒が切れる音がした。
私が恋愛と戦い、必死に生き抜いてきたことは、感情や化け物に縛られず自由に生きてみたいことと密接に関わる感情だ。
 その、一番理想的な憧れが、一人で自由に出歩き、自分だけの感情を自分のために持って何日も生活することだ。
生まれてからずっとかなわないそれを、
その、あまりに大きな夢を。
自分の恋愛のために捨てれば良いと言った……?

 生まれてからずっと、恋のせいで、犠牲が出て、恋のせいで、人生で大変なことがいろいろあった。
恋は、あるかもわからない妄想だ。
誰も存在を証明出来ない呪いそのもの。
それによって、いくつも大事な何かを失った。
 ほとんど争い以外恋の思い出を持たないまま、今度はこいつの過去がどうのという我が儘に付き合わせるくだらない理由──彼からすれば彼の『ために』生きろと。

 私が、ようやく少しだけ外に踏み出せたのも椅子さんが共にスキダと戦ってくれたから。
──人間の恋や怪物に苦しめられない、自由な未来を描いていいんだと、やっとそう信じられて来たところだった。
なのによりにもよって、それを否定するみたいに恋の話をした。陰湿過ぎる嫌味だ。
許せない。

「自由に誰でも好きになれて、適当に嫌いになれる、 それが認められている上級国民は、さすが。あまりにも傲慢ね!
勝手なその我が儘に、人間にすらなれない私が その自由さえない私が、ちょうどいいと!」 

よりによって私が。
スライムが死んだのも、コリゴリが死んだのも、私が戦ったのも、椅子さんが壊れたのも、みんな、みんな──スキダの、私のせい──


「うわああああああああああああああ!!」

 転がっていた包丁を握る。
きっと、ロボットに突き刺すには小さい。
けれど、私を殺すには充分。

「それなら、私の過去はなに! 
あなたに好かれる過去なら要らない! 
全部! 
あなたに好かれるあなたの過去が私なら、私は、私を奪ってやる。

──あなたから、好きなものを奪ってやる!」

 首に刃の先がゆっくり押しあてられる。
不思議と怖くはなかった。
憎しみが、悲しみが、痛みが、恐怖があれば、その先には解放があるだけだ。

《おい! 何をしているんだ!!》 

 血のにおいをかいでいると、その世界の一部になったみたいに、自分も、ここで血を流せば、溶けて、混ざって、そして、何もかも考えずに、幸せな場所に行けるような気がしないだろうか。
まやかし、なんだけど。

ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
 また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
 リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。

「……わ、たし、」

わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。

 生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じる。広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れる。
 わっかは浮き上がり、ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら赤く染まって私の上に浮いている。

「きれい、だな……」

外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。

《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》



「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……」

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あきゅろす。
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