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救急車
「人間と付き合うなんて習ってない! 
親だって私に話しかけなかったの! 話しかけたってすぐに止めに入られるだけよ」

「止めに入られる?」

 間から人がやってきて、別の人が話していることにされて、私はいなかったって、記録を書き換えられる。




・・・・・・・・・・・・





「カグヤ……」
女の子がふいにカグヤを呼んだ。街では、ゴミ収集車が住宅を回り始めている。

「わたし……昨日、救急車とすれ違ったの」
女の子が淡々と呟くと、カグヤは目を丸くした。
「そっ、か……そっかそっか、見たんだ」
救急車?
私やアサヒが顔を見合せているとカグヤはあははと苦笑いしながら言う。
「なんでもないよ!」
「本当に?」
 女の子が食い下がる。
なぜそこまで救急車を気にするのだろう。そう、一瞬だけ思った。
「実は、おばあちゃんが運ばれたの。
急に腰が悪くなったとか、急に血圧が安定しなくなったとか、お医者さんは言うけど……」

カグヤが、仕方ないとばかりに言葉を濁す。
なんとなくだが、何か察した気がした。

「確かにおばあちゃんには持病があったし、普段出かけても家に帰るなり腰が痛い、胃が痛いを繰り返してたよ? だけど……なんか……なんとなくだけど、引っ掛かって」

 学会の関係者か、誰か都合が悪い人がもしも──悪魔と悪魔の仲間を見張って置けないことを理由に手を回していたのなら。私たちにそんな考えが過った。

「倒れたとき、お医者さんが薬を飲ませてたんだけど、その辺りからちょっと様子が変わった気がする……」
カグヤの顔が青ざめる。
お医者さんや製薬会社が、学会の悪い人と関わっていないとは限らないのだ。
 それに、もしもそうだとしたら、違和感をごまかせそう
な理由を用意する知識も持ち合わせている。

「そうなんだ……」

──何よりも、『見張られていた』のだ。
熱心な会員ですら!
こちらの状況を知っている。
観察は続いていた。
きっとどこにいても、なにをしてもつきまとう。

(そっか……見張られずに過ごせたことなんて、ずっと無かったんだ……ずっと、きっと生まれたときから私は悪魔でこの街にとっての生きた素材でしか無かったんだ)

胸が痛い。苦しい。
たったひとつ、「誰からも関わられずに自分の存在だけを感じられる夢」を見ることすらも、私にはかなわなかったんだと知る。

「私が、学会やハクナの愚痴を言ってるのも知ってるって、ことよね?」

「そう、だね」

私は曖昧に返事をする。
見えないが確かに、そこにある圧力。

「ごめんなさい──あなたたちは気にしないで、私が、私が学会を批判するようなことしてるから……」

カグヤが謝る。
そんなに気にすることはなく、気にしていないのに。

「ううん、ありがとう、カグヤ。おばあちゃんが、心配だけど……よくなるといいね」

「うん」

私が居るから争いになるという人が多いなかで新鮮な反応だった。 黙って悪魔として観察され続けていれば、何も起こらなかった気もする
私の生活だけがめちゃくちゃになるだけで、誰にも危害が──ううん、違う。
 めぐめぐも、他の誰かも、ずっとそう思って居たのかもしれない。
 だけど、ちょっとした衝動くらいで44街全体にここまで深く根を張れるわけがない。
誰にも危害がなんてこともなく私たちが皆に危害が既に現れていたのを誰も知らないだけだ。
普通なら学会があのやり方であそこまで栄えるわけがない。ずっと前から、私たちが生まれたときから始まっていたんだ。

「あー。泥棒ジジイ! 返せ、泥棒ジジイ!
かえせえええ! 泥棒ジジイ──────ッ!!!」

カグヤは空に向かって叫ぶ。


「──泥棒ジジイーー!!」

人目も憚らず、その声は辺りに響いた。
(泥棒ジジイ?)
(誰だよ)
(泥棒ジジイ……?)


 そんなこんなで、これから、椅子さんを探したり家に帰る私たちと、めぐめぐたちと話し合うカグヤは一旦わかれた。
 帰りの道を歩きながら、
たった1日でもいろいろなことがあるなと不思議な気持ちになる。せつがまだ見張っているかもしれない。観察屋がいるかもしれない。だけど、それでも今、ここで歩いて居るのは竹野せつではない。

 空にヘリが飛んでいる。
あちこちに、ひこうき雲が張っている。
青空に引かれた罫線みたいだ。

「ふふ、帰ったら朝ごはんだね……」

「────そんな時間か」

アサヒが呟く。
女の子は、なんだか悲しそうだった。

「ハクナたちが、構成員だろうと手にかけるなんて……」

「爆発させないだけ、人目を気にしたのかもな」

アサヒも真面目な表情になる。あのカフェに居るとき、女の子は例の男──パパと話をしたらしい。
ママが誘拐されても、自宅が爆破されてその娘が目の前に居ても特に気にした様子はなかったのだという。
あの、カグヤの祖母だろうと、お構い無しな学会の態度に、いろいろと考えてしまうみたいだ。

「わたしは──パパを選ばなかった。嫌いをすごく嫌う人で、好きしか言わせて貰えないから」

──嫌い、がまるで悪のようで、何もかも受け入れているなんて、自分の存在がわからなくなる。それなのに、見るもの、やること、すること全てに、嫌うことが許されない。
「やっぱり、嫌いが悪になる世界はだめだよ」
女の子はしっかりと前を見据えるように言う。
「街がスキダで溢れて嫌いが存在しない世界になるくらいなら、わたしが嫌う!

ママが嫌った世界を、私も嫌ってみせる!」


街が朝に変わっていく。
好きの輝き、が一旦眠りにつく。家に帰る道中、女の子は
病気の話をしてくれた。

「パパとは小さい頃わかれてて。
 好きに、専念できると思ってたけど好きなものを描きましょうって、保育園の課題でたおれて……それから今もずっと」

 好きを言おうとしても選ばれなかった嫌いを思い出してパニックになるようになって発覚したのだという。

嫌うこと、に酷い対応をされ続けた結果、好きもバランスを保てなくなってしまった。
好き、を得る為には嫌うこと
が不可欠なのだ。
 難病である、恋愛のことを考えるとショック症状になる恋愛性ショックも、もしかするとしっかり嫌えるものがあるだけで緩和するかもしれない。脳内の好き、と嫌いの判断に影響が出ているのは確かなようだし…………

「カッコいいね!」

ぱちぱち、と私は彼女に拍手する。
みんなのぶんまで嫌うことの勇気。私がせめて悪魔らしく居ようと思ったときを思い出した。

「堂々と嫌うことを、しているおねえちゃんが、だからわたしは憧れ」

「そう? ありがとう」


──これから自分のための幸せが例え世界の何処にも無かったんだと知るとしても。私はせめて、私らしく生きて私らしく散ろう。
 そう思えたのは、椅子さんが椅子や対話しやすいものに関わることに逃げずに人間と対話しようとする、諦めない心に気付かせてくれたからだ。
人間同士が一番対話が困難なのに。私はまだそれを見捨てていない。
実は、カグヤの祖母が大変なときに、私はひたすらに非常識なことを考えていた。
悪魔らしく。

 アサヒがしばらく黙っているので、私はなんとなくそちらを見た。

「──なぁ」

「なに?」

アサヒはなんだか言いにくそうにもごもごと口を動かすが、黙ってしまう。

「いや……その……あの男と、お前の家に、なんか関係あるのかって、思って」

「え──?」


───────────────
投稿日2021/2/27 16:29
文字数2,767文「どうして、そんなこと……」

「だから、家に来てたんだよ」

「…………」

私がなにも答えられずにいると、アサヒは男のことを思い出すように呟く。

「そういやあいついろいろ、気になることを言ってたな」

「気になること」

「器、とか『あいつら』が妬ましく思う程度の、仲睦まじさとか、恋をして他人が怪物に乗っ取られるとか──お前の家族がどうとか──」

 「────そう、なんだ……」

「まさか、お前の母親も!」

アサヒがハッとしたように言い、女の子も私を見つめた。更に更にきょうだいが増えてしまうかもしれないと危惧? してるのだろう。
クスッとなんとなく、少しだけ笑えた。けれど、すぐに悲しくもなった。
だから苦笑いのようになったけど、なるべく笑顔で答える。

「ううん──違うの。お父さんは、小さいときに魔物に乗っ取られて死んだんだ。
お母さんは誰も好きにならないって決めてたのにお父さんに根負けして、結婚して──」

「どういうことなんだ、それって」

「──うち、昔からそうなの」
 今になって、さまざまなことを思い出してきた。
コリゴリと戦っても、スライムと戦っても、私は悪魔で居られた。
冷酷で、居られたのに。
あれ……あれ。
大変だ。このままでは、泣きそう。
「意識を…………与えた相手ごと…………、変えてしまうっていうのかな…………たぶん、あれが『コクる』だと思う」
 俯きながら、なんどか呼吸を深くしながら、はやく、上を向かなくちゃと焦りながら──けど、うまく笑えない。
「お母さんたちも、私になるべく話しかけなかった。私もそうした。
誰かと話をしても、すぐにおかしくしてしまって──いつも、不気味がられた」

 ある日、市庁舎に呼ばれた。
家族の紹介の後、市長と少し話して──翌週から、44街中に、私が誰とも関わらないようにというお触れが出される。 

「当時なんか、ニュースでキムの手?
とかいうのが騒がれてて、国が緊急事態がどうとか言ってたんだけど
キムの手は、悪魔を呼ぶとかって噂もあって……」
最初はそんなファンタジーなって、笑ってたのに、スキダが広く視認され始めたと同時期にみんなそのモデルの悪魔を信じだした。
「本当に、市のあらゆる権力で極力の交流が制限されるようになってて。
 帰宅して次の朝からもう、私と会話すると悪魔が憑くという噂になってたのよ」

 お母さんたちも、お父さんが死んだとき、うちは悪魔なんだよと言っていた。
「悪魔だから、あまり他人と関わらないようにしなさい」
私は素直にそれに従い──いつしかお母さんが居なくなったあとも、それに従っていた。
「キムの手は、俺も知っているよ。
悪魔がつくかは知らないがさまざまな憶測が飛び交ってはいたな。
コクる、とか器、とかって?」

「詳しいことは……わからない。
けど、あの子が、対話のために誰かを通じて私のところに来る──今日それが、わかったの」

あの子が対話したいときに、私の意識にある何かを通じて語りかけているのだと思う。ずっと、一緒に会話するのを待っていたのだろう。

「どういうこと、えっ、怪物は?」

アサヒがおろおする。

 私が感じたのは『あの子』は普通の人にはあまりに大きすぎて、受け止め切れないんだと思うということ。
だから、全身がスキダに成り代わって壊れてしまうのかもしれない。
だとしたら、器、は────

「ぅぐ……っ、う……ううう」

「おい、なんで泣いて……」

アサヒが何か、言うがよく聞こえない。
留めていたものが決壊した。

「うああああああ──────」

 なにも聞こえない。なにもわからない。
なにも知らない。

消えてしまいたいと、そうずっと思っていた。
私が歪めた血。私が破壊した魂。汚れていく手。重圧。うち、昔からそうなの。何故?
私は、昔からそうなのに。
何故?
どうして、どうして、今になって、私は
────


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────」


 見た目通りに柔らかいスライムの笑顔や、コリゴリがこれをするしかないと言っていた場面を思い出す。
 私が消えて無くなれば無数の誰かが幸せになるのだろうか。
──だとしても、それでも私は結局、こうやって、存在するしかないのだろう。
 街のみんなを困らせてそれでも対話を望むのが、どれだけ周りを苦しめるだろう。
それがわかっているから、私はただ冷酷で居る方を望む。


2021/0301/0:27




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あきゅろす。
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