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運命の木 特別な椅子/44街と観察屋の秘密
ガタッ……ガタッ……
ガタッ……ガタガタ。
 風が吹いている。
外から入ってくる風に合わせて、椅子の身体に声が流れてくる。
全身があったときのように、枝を広げているような、開放的な不思議な感覚。葉を揺らし、他の木や世界と交信をはかったものだった。
 ガタッ……
 椅子が辺りを見渡すと、すっかり真夜中だった。
「────」
 意識。というものを重みを伴って、思い出す。誰かが、足を繋げてくれたらしい。接続は意識を破壊または形成する。
 椅子、というこの形の身体も一瞬の式のように仕様が出来上がっているようだった。

──今の身体には根が無い…………
この形にならなければ力が分散してしまうらしい。
やっと、姫と会話が出来そうだ。


 椅子は作業台から、窓の外に意識を向けた。人間のような眼球からの視覚はない。しかし、この身体は、視覚に匹敵する皮膚感覚を所有していた。窓の外に魚形のクリスタルの存在を感じる。

──今日も、やっている。
アレが人間から生まれる……

 大昔、44街が出来るよりずっとずっと前……木として根付いていた頃は、あのクリスタルは人間にやたらと視認されるものではなかった。
身体、心の中に留まり、今のような質量を伴ってまでやたら人を襲う為に暴れるほどではなかった。

──椅子が、椅子になったように、誰かが、魚という形を与えている。
 誰かに不当に利用されることで、ただしい場所に留まることの無くなった概念体。

 椅子は、身体を組み立てた誰かの精密な手作業に感心しながらゆっくり身体を起こす。本当はこの身体、あと数日置きたい、完全に嵌まりきっていないのだが────ここまで
組み立てられれば、椅子自身の意識をつかうことは容易かった。
 辺りを確認した後に、身体を黄金に光らせ触手を生やす。
触手たちは、自らの戻るべき位置を理解し、それぞれの部位を自ら修復し始めた。
 やがて、カグヤたちが出掛けたのを感じながら、椅子はふわりと浮き上がり、あとに続いた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そして、ああ、そっか、椅子か、と納得したカグヤはすぐに家に向かう。
「ちょっとまっててね、様子を見てくるから!」
「カグヤのほう、今帰りなんだね」
私が言うと、カグヤは振り返って頷いた。
「そうそう! それについてさ、あとで話があるから、私が来るまで待ってて!」
そして彼女は走って家の中に向かっていく。なんだろう?
明るいがどこか慌てた様子が気になる。


アサヒが、椅子!
となにか思い出したように言った。

「そうだ、あの椅子、なにか特別な椅子らしいんだ……」
いきなりそんなことをいうので、私はびっくりして、どうしたの?と聞いてしまった。
「ただでさえ空から来た椅子さんだよ? 特別に決まってるじゃない!」
「カグヤの家のじいさんが言っていた。あの椅子のようなのがかつては、城とかに繁栄とかを祈願して献上されていた特別なものだったって……カグヤの家の本家がそういう家具屋だったんだ」
「そうなんだ、すごーい」
「椅子が空を飛んでた話にも驚いて居なかった」
「えぇ────!?」

アサヒは、特別な家具を見られて感謝するとカグヤの祖父が話したことを私に伝えた。

「……な、なんかすごいね、椅子さん」

 椅子さんが何者なのか、そういえばわからないままでいる。
だけど、可能性がひとつ生れた。
少なくとも椅子さんもなにかそういった力を持つ存在だ。
 椅子さんはどうして、私と一緒に戦ってくれるのだろう。どうしてあの日、うちの近くにやって来たのだろう。
 嵐がやって来て、ヘリが墜落して、アサヒと一緒に椅子さんも倒れていて────

 カグヤが家から出てきて、こちらに走ってくる。
手ぶらだった。

「あれ? 椅子さんは?」
私が聞くとカグヤは目を丸くしたまま言った。

「実は、その椅子さんが、居ないのよ!」
なんだって!?

「昨日までは──寝ていたって、おじいちゃんも言ってて、だけど、今朝見たら居なかったって! なくしたのか、盗まれたのか、わかんないけど、とにかく、どうしよう!」

昨晩のことを思い出す。
椅子さんは、一度私に挨拶して、それからまた隠れた。

「椅子さん……もしかしたら、私に会いたくてあのあとカグヤの家を抜けて──探しにいったのかも」

「空を飛ぶくらいだからな」
アサヒが頷く。

 女の子は、きょとんとしていたが、すぐにカグヤに聞いた。
「ねぇ、さっき言っていた、はなしって」

「あぁ、そうそう! 昨日のことで」

 カグヤはすぐに昨日のこと、を話し始めた。遠くに見える空には少しずつ朝日が登り始めている。もうじき人通りが増えそうだ。

「ヨウさんが、主張を認めてないらしくて──盗撮の証拠はあるのか? って、重ねる為に脱いだ写真を送ってくださいってなってきて……
どうしますか?って感じで話し合いにすらならずに昨日は終わった」

「どうしますか? って、そんなの一々送りたい人居ないよ!」

憤りが隠せない。
なんでそこまでさせなきゃいけないの? 私だって被害に合っている。他人事とは言えなかった。

「メグメグが被害にあってるのに、
名誉毀損の証明義務はこっちにあるんだってさ!」

「ええええええーーっ!?」

びっくりだ。
もはや名誉がなにかわからない。

「証明も何も、ハクナ自体が怪しい集団じゃない。なのに自分たちは無実を証明せずにこっちにだけ、要求するのよ!? 信じられない!」

 カグヤが激昂する。
ハクナは名誉毀損を便利な道具としか思っていないかのようだ。
嫌なもの、隠したいことを、ハクナのためにこちらが証明しなくちゃいけないなんて馬鹿げている。

「みおちゃんの──」

女の子が小さく呟く。
みおちゃん? 私たちが伺うと、彼女はハッとしたように聞いた。

「ヨウ、って──アニメ『さかなキッチン』の人?」

カグヤが、よくわかったねと言う。
私も魚キッチンの名前を聞いて思い出した。

「あっ、魚キッチンのコラ画像なら、うちにも送られてきてたな。私の身体がコラージュでヒロインのみおちゃんになってた!」
「うちにも? あなたの家も、盗撮に合っているの?」

 カグヤがちょっと怖い顔になる。

「うん……あまりアニメ見ないからよくわからないけど」

感覚がマヒしてしまっているが見たくないのに、家にわざわざ画像を送りつけて来た辺りが自意識過剰な気がする。
 しかし確かにそれも大事件だが、私には、とりあえずは椅子さんだ。椅子さんは今、どこで何をしているんだろう……

「うー、メグメグの件だけじゃらちが明かないし……デモをやめるわけにもいかないし」

カグヤが考え込む。

「そういや、ヨウって、誰? ハクナの人?」

私が聞くと、カグヤが頷いた。

「幼いときから学会に入り浸ってる秀才。
学校に通わずに小学校くらいからほとんどを恋愛総合化学会の内部で過ごしている、幹部クラスの人」

「へぇー!」

「ハクナにも出入りしてるって噂だよ。今の面倒な社会のなか、最終学歴が小卒くらいでも
学会内部だとエリート優遇されてるんだから、すごいもんよね……
恋愛総合化学会を無くしたくない一人だと思うわ」

 小学校のときから、ってことは戦場になりやすい学校に行かずに、
学校での襲いかかってくるスキダから怯えずに大人になったのだろうか。 それはそれで、どんな人なんだろうという興味が湧いてくる。

「でも、アニメとヨウさんに何が関係あるの?」

「既に、44テレビ局の内部に入り込んだ構成員やスポンサーが、映像を操作してるのは知ってるよね?」

知ってる、かと言われればよく知らないが、見ているといえば何度も見ているので首肯く。
アサヒが隣で気まずそうに目を逸らした。

「ハクナを使った盗撮映像を管理して、適切な指事を出すのがヨウさんの取り巻きじゃないかって話なんだけど──
それって結局は、ヨウさん自身がやったようなものというか……でもヨウさんは自分で手を汚してないからっていうか……」

「テレビ局で働いてたやつから聞いたんだが」
アサヒがふと口を挟んだ。

「うちは他局とは違う、という放送は44テレビ局のどこも行わないようになっているみたいだな。ある程度のコードが統一されているからだろう」
「じゃあ、44街の放送が全て、誰かの指事と監視によってひそかに統一されているのね!?」

カグヤが拳を握りしめる。
 確かに、管理体制が出来ているとしたら、一部の管轄にそのまま言っても、きっとらちが明かないわけだ。






───────────────

ふふ……ふふふ。

暗い闇のなか、ヨウはモニターを眺めながら笑っていた。
 44街は今や彼らが支配している。


「44街の市民さんたちは皆、私の圧力によって私だけしか見る事が出来なくなったよ、キム」

相手の意識を強引に操ることで洗脳が効果を発揮する。 思考の強制停止。
圧力によって強制的に『姫』いや『悪魔』やその周囲を思考停止に陥らせる、言わば行動不能。

「私もね、あの大戦から、手段を選んで居られなかったんだよ」

 街には手のひらの賄賂やらなんやらを見せる事で、すぐに手には入るものばかり。
いくらあの悪魔の血筋だって流石にひとたまりも無いだろう。

「キム…………」

ヨウは暗い部屋のなか、ドアに背を向け、何かに向かって語りかけるようにしてニヤニヤ笑っていた。
モニターには、先日の悪魔の家の様子が映されている。

「椅子さん起きて!!!』

クククッ。
彼にはどんな場面も娯楽に過ぎない。
楽しくて笑ってしまって大変だ。
 盛大に脳内に小躍りする。
そうか椅子さんでも椅子で無くなれば寝るんだ!喜んでいると誰かが壁の向こうから怒鳴ってきた。

「ボリューム下げて見られないの?
人が折角悪魔の能力を把握しようと構えている時にぃ! ……ただ、勝手に能力を喋ってくれたのは助かるぅ!」

 音をたてて彼の真っ暗な部屋のドアが開き、紫の髪と眼鏡をした男装女が現れた。

「あれ? ヨウ。この家に来てるやつ、キムじゃん……!!!
悪魔はよく生きてるね、普通ならこれで一撃なんだけど」

「ブン、うるさい、静かに観てて」


────────────
 ××年前。
 映像、音声技術の発展によって、あらゆるメディア分野が不景気の侵攻を受けずに急激な発展を遂げると同時期、束の間の発展、経済成長を嘲笑うかのように44街の人類を怪物が脅かし、各地に鎮められていたキムが目覚める。
 実はこの経済成長の裏では、日々激しくなるメディア間の争いに勝とうとあらゆる禁忌を恐れず侵した者が居た。
 それを押し留めようとしている恋愛総合化学会がまさかその禁忌そのものを『吐くな』と、隠す役目も同時に担っているとは、誰も思わなかっただろう。

 ブン、と言われた男装女子は頬を膨らませながらいーだ!
と挑発のしぐさをする。

「そういや、この映像、誰が観察担当したんだろう」

ヨウは気にも止めずに呟く。


「あぁー、まったく、映像だけではわからないよ。もどかしい。
このキムの生の状況が知りたい。話が聞きたい。ギョウザさんが、アサヒは辞めたって、言ってたな……そうだ、コリゴリを」

「コリゴリも辞めたらしいよっ」
「えっ、あのコリゴリが、私と境遇が近いお友達だったのにぃ……パパーン!」



(2021:2/271:46加筆)



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あきゅろす。
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