コクる
「悪かった」
アサヒの声を思い出す。
(また、何も言えなかった……)
だけど、わからない。
何が、どこまで、悪いのだろう。
突き詰めれば突き詰めるだけ、何も言えなかった。
全てアサヒが悪いのかもしれない。
宗教団体が悪いのかもしれない。
私が生まれたから悪いのかもしれない。
考えれば考えるだけ、何も言えなかった。
真夜中。
星ひとつない空の下、私たちはまずカグヤの家を目指した。
夜中に訪ねて行くなんてという思いはあったし、カグヤの祖父はわからないが祖母が関わるのを許してくれないかもしれない。
あの柔らかい笑顔が、会員かどうかでコロッと変わってしまうことに、少し寒気を覚えた。カグヤの祖母にじゃない。
心は条件さえあれば、それだけすぐに変えられるものだということに。
でも、とにかく早く、椅子さんを迎えに行きたい!
歩いて、歩いて、歩いて──
「ねぇ、アサヒ」
30分くらい道を歩いて、私はふと思って居ることを言う。
「お?」
「私たち、ここまでさっき、トラックの荷台に乗せてもらってたよね?」
ちょっと疲れてきた。
30分で音をあげたとか言うよりは、そう、歩き始めて思い出したのだ。
「あっ……」
女の子とアサヒが声を揃える。
しかも、追跡を逃れようと、かなりがむしゃらに走り抜けてるトラックに。帰りも歩くとあと一時間か二時間はかかりそうだ。
そしたら、もう完全なる就寝時間である。
「つい、行きの感覚で捉えてたけれど、徒歩じゃん!!」
「うおあ、そうだった!! 俺もいつも上空を飛び回っていたから地上を歩く感覚に鈍くなっていた!」
「私もだよ、いつもあのビルの影になってる坂道の周辺しか出歩かないから、こんな遠くまで来たのが10年ぶりくらいだった!」
「ママと車で来ることが多くて……でも歩くのかな? と思ってた」
女の子がはっとする。
私も笑った。
アサヒも苦笑する。
「──これからは、こうやって、ここまで来ようかな、そしたらきっと歩き慣れてくるよね」
誰にも関われないのなら、外に出ても意味なんてない気がしていた。
『悪魔』には、何をするにも代理が居て──することを横で同じように真似する『代理』が常日頃から貼り付いている。
「そうだね」
女の子が首肯く。
「散歩も悪くないと思う」
アサヒも肯定してくれた。
チョコレートを買えば、すぐそばで代理も買い、手紙を出せば、代理も手紙を出す。誰かに話せば、すぐそばで代理が代弁して市民に伝える。
それが私の、いつもの日常。
例えばこんな私の話を語ると即座に似た内容を語る人が現れる。
私がすること、私が話すことに『代理』が存在している。
私が、街に私の存在の証拠を遺す代わりに代理が存在して、行動している。
あの家の中しか私がいられない。
それが、私の日常だった。
「じゃあ、みんなで行こうか」
──けれど、 本当に自分の為だけにすることは、誰にも止められない。
キムやスライムの気持ちと戦ったときにも、代理は居なかった。
基本的に、何かせつに利益があるときしか代理をつとめないのだろう。
せつがいなくなる時間があるんだって、考えもしていなかった私が変わっていく。
帰ってきたら、自分の為だけに『好きの輝き』を見下ろしに行くんだ。
そろそろ何処かで休みたい、と感じ始めた頃、ようやく見慣れた道が見えてきた。
カグヤの家、といえば、カグヤたちは元気にしているだろうか……?
そろそろ公民館に向かったかもしれない。
カグヤの家の前に立って、私は端末から時間を確認した。
すでに明日が来そうだ。
さすがに訪ねていけないなと思っていると、ふと、何かが聞こえた。
思わずアサヒと女の子に、何か話したかを聞く。
しかし何も言ってないらしい。
──人の子よ。
「……!」
──人の子よ。もうじき、時が来る。そのとき、そこの者は変わる……しかし怯えていては、いけないよ。
「椅子さん?」
椅子さんの声だ。
私はちょっと嬉しくなりながらも
カグヤの家を見つめる。
椅子さん……椅子さん、椅子さん。
だけど、なんて言ったの?
振り向くと、女の子がアサヒを見ていた。
「アサヒ?」
「──っ」
アサヒは頭を抑えながら、何かを耐えているみたいだった。
「アサヒ…………」
少ししてアサヒは無言のまま体勢を戻した。
あれ? なんだろう?
アサヒの目付きが、違う。
何だか──
「えっと、大丈夫?」
女の子が聞くと、アサヒは無言のまま頷いた。いつもなら、何かしら喋りそうなのに。
「アサヒ、だよね?」
なんだか違う人みたいで、ちょっと怖くて、私は思わず確認した。
アサヒは何も言わず、ニッコリと笑う。
「ねぇ──ねぇ、アサヒ!? アサヒ……あなたは、アサヒだよね?」
なんだか不安で、肩を掴んで話しかける。
「──ew.」
「あ……アサヒ……」
「y^estaeweme」
──違う。
アサヒじゃない。
「……ウフフフ。ウフフフフフ」
「────あ……の……っ」
あの子だ。
「──普通に、コクってやるのも良かったのだが。
この者には、なにやら。少し、通ずるものがあってな」
アサヒの姿で、あの子は笑っていた。
「ウフフフ。姫。会いたかったよ、姫」
姫──?
嬉しそうに、アサヒの姿のその子は無邪気に飛びはねて私に抱きつこうとする。
「どうして、この者が、姫と対話することが出来るのか──ウフフフ。
姫、驚いておるな。姫の前に以て、
『孤独』を差し出す者は久しくおらぬから、少し気分が良い」
アサヒはクスクスと笑いながら、身体を確かめるようにさする。
アサヒのことだろうか?
彼の孤独を、私はほとんどは知らない。マカロニさんが誘拐されたことすらほとんど断片を聞いたに過ぎない。
「私はいつでも──孤独を差し出せる者を、見ている……」
孤独を差し出せる者。
44街に伝わるというあの昔話を思い出す。
村人たちから突き放された、孤独な存在。村人たちから同じように突き放された孤独な村人とともに、長い眠りについた、44街を見守る神様。
「ありがとう……」
なんだか言いたくて思わず口から出ていた。
「『私』と話しに来てくれたんだ」
白くてふわふわした髪、優しい声。なぜだかそんな姿が脳裏に浮かんだ。
「──コク?」
けれど、不思議な言葉がひとつ。
普通にコクってやるのも良かったが、って言っていた。
「──パパも、そんなことを言ってた……アサヒがコクってからではおそいとか」
女の子が冷静な口調で呟く。
コクる?
告白する、ではなくてコクる。
「もしかするとあの怪物と、コクる、には関係があるのかも」
(だとすると、何かしらの理由で、
すぐに怪物にしなかった──?)
「怪物になってからではおそい、みたいないみなら通じる気がする」
女の子も頷く。
「うあーっ、なんか、今更緊張してきた!」
叫びだしたい気持ちで、私は顔を両手で覆う。道端。しかしこの辺りは真夜中に、ほとんど人がいないのである意味安心だ。
「姫って──! 姫に会いたかったって……嬉しい」
あの子は不思議。
理屈ではなく、嬉しいと感じてしまうなにかが、私でさえ思わず跪きそうな、圧倒するなにかがある。
あれが、力────
この感覚が好かれる喜びのようなものかは私にはわからないけれど、あの子が居る、あの子が私と対話をして嬉しいのが、すごく尊いもののようで……一度に考えると混乱しそうだ。
──だけど、孤独を愛するのだとしたら、私は、周りのちかしい人間に、このことを何も言わない方が良いだろう。あの家に居た家族にも。
「ん──?」
少しして、アサヒが気が付いた。
「あ、あれ? 寝ちまったのか……」
「おはよう」
私はとりあえずは何も言わず、挨拶をする。女の子もそうした。
「おはようアサヒ」
「俺──いつ寝てたんだろう?」
「この辺りにきたくらいで、いきなり爆睡してた」
私が言い、女の子がそうそう!と首肯く。
カグヤの家の近くでしばらく話して居ると、ちょっと小腹がすいてきた頃に、声がかかる。
「あれー? 三人とも、早起きだね」
帰宅したらしいカグヤだった。
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投稿日2021/2/22 19:21
文字数3,022文字
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「恐れていたことが起きてしまった」
早朝。
カグヤたちを追っている万本屋北香が、
観察屋のエリートの一人……同僚から連絡をもらったとき、彼女はまだマンションの自室で目覚めてパジャマ姿のままだった。
昨晩はいろいろとあったが、無事にあの三人を誘きだすことに成功した。
(ヨウさんの言った通りだ。盗撮をアニメ作品として販売すれば何ら問題にならずに情報を利用出来る! こんな抜け道があったとは)
ハクナの一人、そして作家である『ヨウさん』が、メグメグの抗議やたちの活動を快く思ってないのは知っている。
だからこそ、ヨウさんはこうして公に示したのだ。『止められるものなら止めてみろ、世界は我等の味方だ』と。今もまだ公民館の一室で取り調べが続いているものの、彼女は一度、交替のものとかわり仮眠と着替えをしに帰宅した。
《アサヒの身体が、悪魔と何らかの関わり
を持つ異形に乗っ取られているように見えたんです》
「なんだと……それは本当か」
《ええ、一瞬でしたが。そして悪魔のことを姫、と呼んで居ました》
姫────か。
もしかすると、もしかするかもしれない。
創立当初の資料のことを北香は知って居る。
今や、いかにも怪しい恋愛総合化、を掲げる団体の犬をやってはいるけれど、今の会長のことは少し疑問に思っていて、創立当初の資料を漁ったのだ。
そこには44街の神様信仰の話があった。
姫──もしも、あの神話の続きがあるのなら。彼女たちに、なにか意味があるのなら……
《悪魔が、また犠牲者を生むのでしょうか、監視を強めたほうが?》
「待て。私が会長に聞いてみよう」
あれは、ハクナたちのほとんど、恋愛総合化学会員のほとんどが今や悪魔と思い込まされている存在。
それが、「姫」と呼ばれる。
なにより、なぜあの子を、我々が日頃から見張るのだ?
せつ、など用意して。
面白い。
面白そうな、なにかが間違いなく絡んでいる。
(学会当初と、変わった現在────私は、どちら側に、つくのだろう?)
脳裏に過るのは、幼い頃のクラスメイト。
倉庫のなかで恋を知るために殺した犬。
つがいを信じるものたちが支配する教室。
気持ちが信じられないものたちが、異端視され、排除される空間。
忘れた、わけじゃない。
私にも、他人の気持ちなどわからない。
(会長のいう、運命のつがいが本当にあるのなら──どうして……あの子は犬を殺さなくてはならなかったんだ。恋愛なんて感情が実在する確固たる証拠もないのに)
20212/2316:53
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