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人魚とエビフライ


 私の目の前に、女の子が立っている。あの瓦礫の下に居た子ではなくて、もう少し、中学生くらいの子だ。顔だけが、ぼやけたままわからない。
背中に羽が生えている。

「ああぁああぁああぁああぁああぁああぁ……」

私がうめくと同時に、女の子は胸を抑えて泣き出した。
透けた体は、私と重なっているかのように見える。

「────ああぁああぁ」


 出来るだけ意識を保とうと思いながら、一歩前に踏み出す。
その子に触れたら何か変わるのだろうか?
知らない子だという気がしない。
でも、わからない。

「お願い……独りに……独りに」

 その子が私の手を引いて走り出す。
私はいつの間にか近くに転がった皿を手にしていた。

「アハハハハハ!!!」

アサヒたちはびっくりしている。私は繰り返した。

「お願い、よくわからないけど、独りになりたいみたいなの」

私が言うが、アサヒたちは「何を言っているのかわからない」という顔をしている。

「ほら、そこに居るじゃない、女の子が……驚いている……こっちに来ないでって、怖がってる」

「え?」

 もう一人の女の子がきょとんとこちらを見た。もしかしたらアサヒたちにはわからないのだろうか?

皿が放られる。

「アッハハハハハ!!!! みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね みんな死ねみんな死ねみんな死ねみんな死ね!!!」

「他人を想う気持ちが痛い。痛い! 痛い……! あれに触れると」
「「殺したくなる」」


自分が喋っているのか、あのこが喋っているのかどちらだろう。私はニタリと笑って、再び皿を持ち上げ、床に叩きつける。

「出ていけ!!!」

女の子が叫ぶ。

「出ていけ!!!」

なんて悲しい声をしているのだろう。私は、彼女を憎むことが出来なかった。
部屋のガラスが割れ、飛び散る。

アサヒの顔に、破片が跳ねる。

それを労りもせず、「私」は叫ぶ。

憎しみを込めて。


「出ていけー!!!!」



 アサヒたちが慌てたように部屋から出ていくと、私の身体は再び床に崩れ落ちた。安心したように、安らいだ気持ちになる。羽の生えた女の子が泣き叫ぶ。



───────────────────


『人魚とエビフライ』


「これから、椅子さんに会ったあと家に帰るんだよな」

「うん」

「──そうか」

「何を、考えてるの?」

 アサヒが何かを言いたそうに見えて、私は言う。アサヒは少し気恥ずかしそうに答えた。

「北の国に向かうときに、あいつも連れて行けないかと思って」

「あいつ?」

「あの家に──居るって、言ってただろう」

「……え、あ、うん……どうして」

「なんとなく、なんだが、そうした方が、良いような気がして。
あの場に縛られてるのでなければ──」

 あのときはいきなり椅子さんが動かなくなるし、私もいっぱいいっぱいで、あまり深く考える時間がなかったけど、そういえばあの子、いつの間にあそこに居たんだろう?

「そうじゃなくて、どうして、アサヒが、あの子を気にするの? 見えてなさそうだったけれど」

「夢で、同居人に会ったからかもしれない。なんだか、暗示的な感じがした」

「そのときの同居人って、マカロニさんじゃないんだよね?」

女の子が聞くと、アサヒは頷いた。

「元人魚だよ」

しれっと言われて驚く。
人魚!? すごい、今や絶滅危惧でほとんど人里に居ないのに。

「学生んときに、古いアパートで暮らしてて、部屋に入ったら居た」

「へぇ……なんでまた?」
私も見たことがない。
アパートで人魚が暮らせるのか。

「そこが建つ前は、人魚が住む湖だったんだが──人間が勝手に湖を潰してアパートを立てたせいで、そこから出られなくなったんだと」

 アサヒが言うには、その人魚はヒレや尻尾があって陸地を動けず、綺麗な湖にしか住まない種類のために住み処もそこにしかない、その為にずっと湖の力が残るアパートの場所に留まったままでいつしか人間の形になって居たらしい。

「あいつら特に害もないし、悪いのは土地を強引に所有した人間なんだ。だから、一緒に暮らすことにした」
「アサヒにも、良いところがあるんだね」
女の子が淡々と言い放つ。

「仕方ないだろう、どうせ、昔も人魚の処遇は良くなかった。通報したところで研究機関で解剖されたかもしれないし…………俺にもいろいろあるんだよ!」
 私はふと、夢のことを思い出した。
「その人、タルタルさんっていうの?」

「うわ、寝言いってたか?
いや、そいつはいつもエビフライばっかり食ってる気儘なやつだったんだよ。普段はとんかつソースとかマヨネーズなんだけど、たまにタルタルソースを作って……」

 ってなんだよその目っ!
とアサヒがキレ気味に言う。
いつの間にか私も女の子も穏やかな目でアサヒを見ていた。

「いや、だってタルタル付きだぞって、優しい声だったから」

「タルタル付きだぞ って、やさしい声だった」

「タルタルソースは旨いんだぞ!」

 よくわからないツボに入って三人でしばらく笑って居た。
 通勤ラッシュも終わる真夜中。
そろそろベッドに入っても良い時間のはずだった。
立ち並んでいるビルが、あちこちに魚型のクリスタルを煌めかせる。
夜景に反射して、華やかに空をいろどる。

「うわぁ────ビルの向こう側は、こんな風になって居たんだ!」

私がはしゃいで、女の子も、きれいだねぇとはしゃいだ。
街全体が宝石みたいだ。

「これが44街の夜景名所、
『好きの輝き』だ」

「ダサい名前!」
「ダサい名前!」

「俺に言うなよ!」

 知らなかった。
自分に向けられる狂気、怪物としか思って来なかったスキダだけれど、遠くから見るとこんなに、輝いて見える。
街全体がキラキラしている。


「そっか──観察屋は、ずっとこのキラキラを見てきたんだ」

「そうだな。俺が空を飛んでいた頃、一番……心を慰めてくれたかもしれない」

「なんかズルい」

 私はずっと日陰側の情報しか知らなかった。あっちに近付けば、見えない何かや、怪物の魔の手にからめとられてしまうような気がした。
せつや街自体が許そうとしなかったかもしれないけれど。
 それでも今、こうやって遠くから眺める景色は悪いものでもない。
『好きの輝き』は、少し離れて見なければわからない。
 そういえば近付いて、近付かれてばかりで居た気がする。
この景色と、同じだ。

 私は、ただずっと、こんな風に周りから離れて、景色が見たかったのかもしれない。


「リア充、撲滅☆」
声がかかり、頭上を見上げると、塀の向こう側にカグヤが座っていた。

「カグヤ……」

「何してるの?」

「好きの輝きを見てた」
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2021/2/19 15:02 文字数1,732

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