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竹野せつ/=代理の私




「パパがあの家に来ていたのを私は知ってる。学会が変わったのは、あの呪い──キムのせい……なんだよね……」


恐る恐る、口に出すと彼はなんてこともないように頷いた。

「そうだ。あれは強い、かなり強力なものだからな、国が総係りで留めて来た程だ」

 二人きりに、という言葉に引っ掛かり、辺りを見渡す。
お姉ちゃんが居ない。いつの間に……
この男と二人きり、という状況に叫びだしたくなるけれど、どうにか堪えた。
聞き出せることは聞いておきたかった。
それが今なら叶う気がした。

「────キムが、あの呪いがどんなものか、知ってるの?」

 窓外の日差しが落ち、店内の淡い橙色のランプがより深みを増す。
空気が少しずつ冷え込んでいく。

「ああ。もちろん。知っている。学会も。
だからこそ、祓うために、恋愛を広めたんだよ。
 娘のお前には聞かせてやろう。
あれは生命がある限り一生続く類いのものだってことを」

 カグヤには、教えないんだ?
という言葉を飲み込む。しかしお見通しのように彼は笑って答える。
「お前は、あの家を見ただろう?」

「それは……」

「キムを、見ただろう」

「はい……だけど……どうして」

「なに、見てしまったということは、概念を取り込んだということだ。怪談でも神話でも、そう。惹かれやすい者は居る」

それは、わたしのことだろうか。
それとも、アサヒのこと?

「呪いは……ある理由で、再び
強く発動してしまったものでね、だんだんと力を増していた。祓い去るにはあまりにも足りないからと、今の会長も躍起になったんだな、それで、ああやって恋愛を広めて浄化しようとしたんだろう」
「──そう、なんだ」

それで、その呪いから守りたくて、恋愛を否定するもの全てを消そうとしたんだろうか?
だけど──それは本当に愛なの? 
それは、本当に、人類の幸せ?


 こんな話をしていたらよく聞かれるだろうが、パパはなぜ家に帰らないのかなんて子どもじみた質問は私はしなかった。今更いても、接し方に悩むだけだ。音楽が、オルゴールに変わる。雨が降っているらしい。

テーブル席で、カチャッとフォークが皿に当たる音がする。
席につきなおした男が、ケーキを食べようとしている音だった。
 どうやら、食事が終わるまでの話し相手にさせられるらしい。

「……呪いについて簡略化して話そうか。人間があの手の呪いに変わる一番シンプルな方法は、『可愛がってから殺す』だ。愛してから、後悔させながら殺す──まずこの矛盾を成し遂げる」

「 愛して、可愛がってから、酷く裏切る──」

 なぜだか、ママの顔がよぎった。
愛して、可愛がってから、酷く裏切る。
パパのことなど知らないけれど、ママ──グラタンが、ときどきコラムを書きながらも、父の愛情に発作を起こして苦しんでいたことを知っている。
 本来は幸福なものである恋愛に、発作が、なぜあるのかはわからないけれど……
これだけはわかる。
──好き嫌いは、恐怖だ。

恋は、恐怖だ。
迫り来る恐怖と同じように痛みを感じる。自分で抱えなくてはならない、誰にもすがれない、得体のしれない恐怖だ。
怖くて、どうしようもなくて、幸福なんて言ってられなくて、目眩がしたり、苦しくなったりする。
「幸福な感情が行き場の無い苦しみに変わるとき、憎悪へと転換される」
パパの声。カチャッ、と音がして、フォークがまたケーキをつつく。
「あの呪いは生まれたばかりの赤ん坊を殺して生命の喜びの否定、それと……いや、食事中にする話ではないな。
──つまりは、生物の持つあらゆる喜びを恨み、否定することのために産み出されたわけだが──
そんなものを、大昔の人たちは戦争の道具に使っていた。昔、隣国などが投げ込んだものが、今でもあちこちに存在するんだよ」
「お姉ちゃんの、家に、居るのは──?」

「さあ、なぜ奴が、居るのかそれ自体は知らんが……」

 コーヒーをぐいっ、と飲み干すと彼は席を立つ。
 帰るらしい。先に会計を済ませてあるのでこれに問題はない、が、私は少し焦った。実はアサヒはまだ眠ったまま、そこに居るのだ。
「うぅ…………お姉ちゃん!」

男はちらりとこちらを見て言う。
「せつ──本当に来ないな、あいつ、彼女の代理係じゃ無かったのか?」

「せつ!? 代理係!? お姉ちゃんの代わりに交流したり、いろいろやってたって人!?」

「どうかな、迫害が露見しないように、作り上げられた幻だ」

「どおして、そんなに冷静でいられるの?──ハクナの指揮なら、ママが、居なくなったのも、知ってるよね?」
 冷静で居ても、お姉ちゃんなら、堂々と悪魔だからと言うだろうか?
 彼は何も答えない。
背を向けて去っていく。
窓ガラスの向こうに、赤いランプが点滅する。
店内が赤に染まる。
(……救急車!!)

 特有のサイレン音が近付いてきて、やがて、すぐに遠ざかる。慌てて外へと飛び出した。
救急車はいない。
彼もいない。
カグヤたちもいない。
どくん、どくん、と心臓が脈打つ。嫌な予感がする。なんだろう、この気分。ゴミ出しに近くを歩いていたパーマのおばさんに駆け寄る。
「さっきの!」

「さっきの──? あぁ、見ていたが、家具屋のとこの婆さんだよ、どっか痛めたんだろ。もう歳だから」

「────っ」

 本当に。
家を、なんだと思ってるんだろう。子どもを放り出してまでハマるのが、宗教なのか。
恋を、なんだと思ってるんだろう。身体を放り出して、ハマるのが、恋愛なのか。

「あぁあああぁああ──!! もう!!」

嫌い、を言えない気分のままで、言える言葉もなくて、なんだか、どうしようもなく、なんと表現していいかわからない気分になった。

「ぁああああ───っ!」

頭を抱える。頭がいたい。

「嫌いって言われのが、そんなに嫌? そんなに嫌われたくない? なんて独裁者! こっちにも嫌いになる権利があるんだ!」
目眩が、する。
「お姉ちゃん……」
泣きたい。
「うう……」

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