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ハニートラップ/代理の私




 万本屋北香は、急に目を見開いた。

「悪魔の子────!」
カグヤたちがえっ? という顔をする。
「──代理は?──嘘、どうして……」
万本屋北香は、代理のことを知っていた。私はそれに驚いた。たぶんハクナでも、そこそこの地位がないと私の代理が居ることは知らないはずなのに。
「代理? っていうか誰?」
女の子が首を傾げる。
「まさか、ハクナに居るとはね、万本屋北香ぁっ!」
ツインテールの女の子がびしっと指をさす。

万本屋北香は追い掛けてきながらも、拡声器を通して車の外に呼び掛ける。
「あなたたちの不要不急のスキダの散布は、許可されていませんよ!」
 
 後ろから万本屋、そして前から万本屋の仲間の車が走って来る。
挟み撃ちしようというやつだ。
 なのでトラックは急速に進路を変えて右折した。

「ってか今、悪魔の子、って言ったけど!」
 カーブを曲がって落ち着いたあたりで、カグヤが辺りを見渡しながら叫ぶ。
車がアスファルトを踏みつけながらもガタゴトいっていて、正直掴まってないと転がってしまいそうだった。ちなみに普通はあまり荷台に人間を乗せて走るものではない。
──女の子が、ぎゅっと私の手を握る。
悪魔の子。
 なんの躊躇いもなく普通にそう呼ばれた。慣れているはずなのにちょっと悲しい。
大丈夫という意味を込めて握り返す。

「ね、44街がこっそり隠してるっていう悪魔の子ってのは、そう周りにわかってるものなの?」
 カグヤが急に振り向き、こっそり聞いてくる。
苦笑するしかなかった。

 揺れる荷台の上で必死に身を屈めていると、目の前の網に目が向く。
中身がある意味無さそうな、つまり無害そうな魚──スキダが大量につまれていた。どうやらヘリコプターが撒くあれは何かの促進剤とかで、散布するとスキダがよってくることもあるらしい。
 何度か道を曲がると一旦車両が追い掛けて来なくなる。彼女たちの仲間か誰かが曲がり角の道をふさいでくれたようなのだが、時間の問題だ。
 と、車が止まったのを見計らうように荷台にヘリコプターが近付いて来る。彼女たちは馴れた様子で足に網をくくりつけた。それを合図に大漁のスキダを持ったヘリコプターが、やがて空の向こうに向かっていく。

 荷台のメインが空になると、彼女たちはいそいでトラックを降りて近くの店に入っていった。






 カランカラン。
ドアを押し開いたと同時に鳴った呼び鈴が団体客の入店を知らせた。
──ここはどうやら喫茶店らしい。
コーヒーの独特な香りと、何か甘い香りが空気中を漂っている。ツインテールの子がカウンター席のひとつに座ると、運転席の子もカグヤも隣に座る。
「座んなよ、今日のところはおごるから」
ツインテールの子が、さばさばした口調で私たちに声をかける。
 足元に、小さな黒板……みたいなメニューボードがあって飲み物が書いてある。それをコンコン、と指で叩きながらどれ? と問われた。

「え、あ……はい」
私と女の子とアサヒもあわてて彼女たちの近くの席につく。
どれにしようかな、と考えていると、カグヤが話しかけてきた。

「そいや『あれ』、何してるかわからなかったでしょ」

「え? あぁ……確かに、ちょっと」

「スキダを狩る、恋愛狩り。
本当は風俗とかで回収するんだけど……学会のスキダのまだ信心が薄いものもまた、私らが回収できるわけ。この前定例会だったからちょうど今のタイミングが狩り場だったのよ」

カグヤが得意気に笑った。

「まあ、難しい話はおいといて、スキダは基本的に金になるからね、粉にすれば麻薬に変わるし、うまく利用しないとって、売ってんの」

(怪物にならないスキダもあるんだ)
それはなんだか新鮮な話だった。
恐れているものが、恐れていたものが、
こんなに簡単に粉になるようなものだなんて。
「どうして、私たちを、連れてきてくれたの?」
 エプロンをつけた店員がやって来て、ご注文を伺いますというと、金髪の子が何やら注文をする。
「何飲む?」
こちらに聞かれて、私はひとまずアイスティーと答え、女の子はカフェオレと答え、アサヒもアイスティーと答えた。
店員が去っていってからカグヤは言う。

「何となくだよ、椅子さんを心配したんだけど、でも、ちょっとやな思い、させちゃったし……あんな家──」

「そんなこと──椅子さんを気にかけてくれて、嬉しい、ご飯も、美味しかったし……」
 少し胸が痛むのは、嘘ではないが、それでもそれは、仕方ないことで、カグヤの気持ちは伝わった気がする。
「悪魔の子なんて、嫌な呼び方ね」
カグヤが言うと、カグヤのさらに奥に座るツインテールの子がすかさず、それなんなのと聞いた。
「……知らない、ものなんだ、そっか……」
 なんだか意外だ。私は、多くには理由も知らされず44街から避けられているのか。
「ハクナも知ってるなんて、あなたの家にも、悪魔扱い以外の何か、あるの?」

カグヤに真剣に聞かれて、なぜか逆に戸惑った。観察屋の話まで始めると、かなりの長話になるし──『彼ら』は隅々まで何もかもを観察しているから、ほとんど生き恥みたいな話になってしまうので、あの大量の愛してるの紙や、キムの話、その他、色々……まあ、あまり楽しくないだろう。

「えっと……なんて言っていいかわからないけれど……ハクナが、今のように、観察部隊に力を入れ始めてから──ずっと私、見張られている、の。向こうがなぜか知っているみたいで、私を悪魔って呼んだりされてた」

「ふーん、ハクナにも目的があるのかしら。で、代理って?」

「──悪魔と」

何か言おうとして、心臓がドキドキと暴れた。生まれてずっと、こんな風に、観察屋を気にしないで、走り回ったり、自由に遊んだりというのがほとんどなかった気がする。
──クラスターが発生した日のことを、今でも昨日のことみたいに思い出せた。

「あ、悪魔と──話しちゃ、いけないから……」

スライムやコリゴリが死んだことを、今日みたいに思い出せた。

「──44街が、私の身代わりを、作って……その人に話しかければ私と話したことにしようって決まりが生まれて、
 学校とか、街の集会とかで、何か私が意見したり私が動く役になると……
代わりにその人が喋って、その人が輪に私として置かれて、私は関わらずに済む間隅で見ていたんだけど……」

沈黙が続く。
──なんだか変な感じだった。
私たちがビルの裏側にすんでいるなら、カグヤたちは日向側にすんでいるわけだが、彼女たちはさほど、悪魔だとかの認識を考えていないらしい。

「でも前からちょっと変なの。
この前椅子さんと私の届けを出そうとしてクラスターが発生したときも、
今、こうやってみんなでいるときも、
代理の私が間に入らないでいる。だから驚いてるんだと思う」

「何それ」

しばらくだまっていた金髪の子が呟く。

「……自分で出来ることを、他人にさせて。そいつも、自分がやることより他人のことさせて」

 はぁ、と息を吐くと場にやや緊張が走った。ただ、そのとおりだ。
『代理の私』が、代理をするのはほとんど、自分でも出来るような些末なことだけで、正直言って、行動範囲を狭められているだけという気もしないでもなかった。
「何のために、そんな制度が……? 役場の仕事なら役場が担当を呼んだはずだし……町内会の仕事なら町内会も担当を呼んだはずだし……
やはり、あの万本屋北香が知っていたことからも、ハクナが独自に代理を用意していた可能性があるね」

金髪の子がニヤ、と冷ややかに笑う。
あの、って言われてもわからないが、万本屋北香と何かあったのだろう。

「万本屋はクラスメートだよ。ちょっとした仲だったんだ。私が、恋愛がどういうものかいっこうに理解しなくて浮いて
たんで、よく注意してくれていたなぁ」
「私も、椅子さん以外のことはわからないです」
 私は思わず身を乗り出して言う。
そのときにちょうど注文の品が届き、配られた。女の子は大人しく飲みながらもこちらをうかがっている。アサヒはしばらく何か考えたままでいた。
「椅子さん?」 

ツインテールの子が食いつく。
「はい、椅子さんは、椅子なんです! とっても素敵な椅子なんですよ、私、あまり人間を好きになったことなくて」

「私んちで、お客として椅子さんのメンテしてたのよ」
 カグヤが言うと、二人は納得したようだった。
「椅子さんって、家具の? そうなんだ。人間やっぱ無理?」
ツインテールの子が聞いてくる。
どう答えれば良いのかわからなかった。
 心に入り込んで破壊する悪魔。
私は私を好きになった人を、怪物にしなかった経験がない。昔、人間は無理かもと思っていたときに知り合った、スライムすら、ああなってしまった。
物はいつも優しく、いつも慰めてくれた。あのような力を受けても変質しない。
「椅子さんは──特別、なんです」


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投稿日2021/2/14 0:40 文字数3,506文字





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