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恋愛狩り/失・恋愛症
緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください》

「『恋愛潰しだ』! 近くまで来てる」
アサヒが突然よくわからない単語を叫んだ。

「な、何それ……」

「要はスキダ狩りだよ。恋愛至上主義団体が目の敵にしている」

「そうなんだ」

《緊急警報が───発令されました───! 44街の皆さんは、ご自身の好きな対象者から──離れないようにしてください──》

恋愛狩り
アサヒが電話を終えて端末をポケットに戻す。
「あとは、うまく行けば良いんだが……」


 しばらく、空飛ぶ魚を眺めながら街を見下ろしていると、突如カグヤがなにかを見つけて手を合図するようにあげた。
「来たっ!」
 道路の向こう側から、トラックが走って来る。スピーカーが取り付けられた、いわゆる街宣車。そこに運転する少女と荷台から拡声器を使う少女が居た。
 歩道に居るこちらをちらりと見ると手を振り、そしてスピーチを始める。
 《───皆の者! よく聞け! 我等は他者を好きになる感覚がわからない! 
 これまでの頭領たちは皆
 人類に等しくそれがあるという幻想を広めた!! 》

 学・会・関・係。
 確かに言葉として間違ってはいない。カグヤは晴れ晴れとした笑顔で私たちに言う。
「私、ちっちゃな頃からあの家が嫌いなの。だからこうして、恋愛思想をゴリ押すのがいかに害悪かを広めてる」

 《お前は、昔の自分かもしれない──などと勘違い甚だしい言葉を吐くやつに限って、誰かを好きになる経験があって、ボケている!!》

 次第に、何人もの人々が、街宣車を遠巻きに見物にやってきた。
「そうだ! そうだ!」

 《先日も、強制恋愛に異議を唱えたグラタン家が爆破された! 彼女は恋愛性ショックという難病を抱えていたにも関わらず、44街はその事実を隠蔽しようとした!》

 グラタンさんの写真の入ったチラシがまかれる。私も近くから身を乗り出してそれをもらった。やつれ、淡い水色の髪、が白くなりつつあるが、横にいる女の子を彷彿とさせる綺麗な瞳と、繊細そうな白い肌をしている。
 彼女が恋愛性ショックの可能性について本を出したり、活動していたことを、改めて生々しく感じる。
 そしてその意見ごと、彼女はなかったもののように扱われ、家を爆破された。
(まるで、『活動していたこと自体をやめさせるのでは足りなかった』といわんばかりに、その家をも襲撃した)


 私と、同じだ────
 存在する、そのこと自体を認められなかった。
 私は生まれてから今まで、何も感じようとしていなかった。けれど他人がされているのを見て、ようやく気付いた。
 例え立場は違っていても、家まで壊すことなんか、無いんだ!
 家まで壊す必要なんか、無いんだ。
「う──うぅ…………」
 勝手に涙が溢れてくる。自分のときには、何にも感じなかったのに。
 私は悪魔だから、独りだろうが、迫害されようが、今まで、何も、辛くなかった
 。辛くなかったと思っていたのに。
 ただ、論文を提出しただけで、爆撃に合っているなんて、報道すらされないだけで、実際に起きているんだ。

「酷い……酷いよ! おかしいよ、こんなの……活動が嫌なら、ただ手続きを踏んで活動をやめさせれば良かったんだ! どうして、強制恋愛を断っただけで、そこまでする必要があるの! 
 そんなこと、何処にもないのに!これじゃ子どもの喧嘩以下だわ! 
正当な理由すらない!一方的な搾取よ」

アサヒが「辞めて改めてわかるが、こんなやつらに、和解も対話もないだろ」と吐き捨てる。
 実際、確かに向こうの目的で勝手に始まっただけのものに、和解もなにもないといえばその通りである。

 女の子がじっと、私を見つめた。

「うん。それが、ハクナがやってること。学会が、見ないふりをしてきている真実──弁護士も、政治家も、この前テレビから急にいなくなった芸能人もみんな、活動していたことよりも存在すること自体を許されなかった」

 このデモ?を見に来た人たちは少なくともみんな、心のどこかでは違和感に気付いているのだろう。
 論文を消すだけでは足りなかったからこそ、家を襲っている……

「そして、みんなに参加してもらって、いじめる為には、個人の人格の問題にしなくてはならない。だから対象の性格や容姿にわざと話をすり替えている!」

 チラシの裏に、姑息!と見出しをつけてグラタンさんを貶すようなタイトルの本や、番組表が書き留めてある。

 カグヤが、街宣車に飛び乗る。

「それじゃ────漁を始めますか!」


 ぱちん、と指を鳴らすと、すかさず上空からヘリが飛んできた。
 近くに待機していたらしいそれは、ゆっくり旋回し、街の上空中央に飛んでいく。そして、なにかを撒き散らし始めた。見物人があわてて傘をさす。

「リア充───撲滅☆」

 空のあちこちで見えていたスキダが、ふわっと浮き上がり、少し街宣車の方に反応を示す。やがて、通報をうけたのか、街宣車を捉えようとする車があちこちからやって来た。私と女の子とアサヒは急いでトラックの荷台に乗り込む。
 同時に民家のあちこちで、「きゅーんきゅーん!」と子犬みたいな声が発せられている。
 夜の、暗闇。
 花火みたいに打ち上がるスキダたち。
「ちょっ、何あれ」
「学会がスポンサーやってるテレビ番組のせいよ。CMに合わせてきゅーんきゅーんってしぐさが入るんだけれど、運命のつがいと一緒に同じポーズをとる時間〜とか言われてて、おつとめみたいなものね」
驚いていると近くに居た見物人が答えてくれる。
「アホらし……パントマイムかなんかか」
「ちょっとしぐさがあってなくても、みんな無理して対象の動きに成りきろうと、必死に演技しているんだから」

 近くにいたおばさんがたしなめる。
浮き上がってくる魚にあわせて、カグヤたちが網を広げる。




────────────────


他人を好きになる才能に恵まれなかった。
他人を好きになる才能は努力や理屈じゃ身に付かない特別な能力だ。他人を好きになる才能に恵まれない子どもたちには、当然現実に居場所などなく──

生まれたときから敗北が決まって居た。
生まれたときから愛想笑いをし、適当に空気に馴染むふりをしてこそこそと生きねばならないことが決まって居た。


「仕方ないさ、他人を好きになることは、最初から生まれつき才能で決まるからね」

 私たちを認めてくれたのは、どこかの旅人が言っていたその言葉だけだった。
才能が有るもの、無いものが居る。
その事実自体に、なんて素晴らしいのだろうと感じた。




人間どうしのコミュニケーション、で常識を問いただされ、才能を見下されて
「あなたは良心などない、あなたは他人を好きになる才能が人間のくせに欠如している」なんて聞かされて心がズタズタになることもない。

 学校では性教育しか行われないけど、恋愛という電気信号の誕生を、間近で擬似的に体感出来るのだ。
──これは強制的な恋愛に賛成する空気が年々増している中で、救いのような画期的な実験、革命的な遊び。
私たちだって人間だ。
私たちに他人を好きになる能力がなくたって私たちは人間だ。

他人を好きになれないくらいで、なぜ見下されなくちゃならないんだ。
 理不尽だった。


才能がある人が世界を牛耳るなら、私たちの居場所は何処にある?

そんなに偉いか?
他人を好きになれれば、そんなに偉いのか?

「うわああああん!! うええええん!!! 私が、好きだって言ったああああ!!?」

──血に染まった部屋で、私はずっと、泣き続けていた。
「あああああ──ああああああああああああああああああああ────!!!
私は──誰も好きになれないのに!!
ああああああああああ────!!
わあああああああああ!!!
誰も好きになれないのに────!うわああああん!うわああああん!
もう嫌だよお!! 嫌だあああああ───!!才能だって言ったのに!?
才能だって、最初から、生まれつき、才能だって言ったのに裏切ったあああああああ────!!」

犬の首に、刃を突き立てる。
私の心に、刃を突き立てる。


「ああああああ────!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
恋愛は特別な才能なんだ。
見下したような恋愛漫画とか、自尊心を問われるだとか、誰かが付き合うかを聞かされ続けるとか、性格が悪いのではと否定や心配されるだとか。
「愛情ってなんなのかね? そんなに電気信号が欲しいなら、向精神薬でも餌に混ぜてあげようかしら? きっと笑顔になる……
そこまでして私が、現実世界で!!
誰かを、わざわざ、わざわざ、わざわざ!!」

犬が死んだ先に、犬を救おうとして、
棍棒で打たれ眠っている男が居た。
私が好きだから辞めてほしいと、
だったら、この、『恋をしてみた』ごっこを、黙って見ていれば良いのに、辞めてほしいと言った。その上で。

「わざわざ!! わざわざ!! 私に、才能がないことを!!!わざわざ!!」

 プレゼントの箱にマッチで火を付けると紙なだけあって、よく燃えた。
ちょっとだけ嬉しくなる。
犬を殺している(好きになるごっこをしている)方がずっと幸せなのに。

「あーあ、やっぱ、叩いてるのに、どこか愛情を待ってるような顔するの、ウケるのよ。私がどれだけ現実が嫌いなのかも知らずに!!」


恋の病っていうでしょう?

恋愛が、病気なら良いのに。
そしたらこんなこと、しなくて済むんだ。
隣にいた子が、大丈夫かと聞いてくる。
純粋に労っているみたいだった。 
一部始終を見届けたのに、血だらけの私に、臆することもなく、話しかけてくる。

「他人を好きになれる人って、当たり前のように、みんなにそれを押し付けるよね?」

──どんなに他人を好きになれないと言ってきた人たちも、結局はすぐに裏切ってくる。何回も、何回も。今回だって。
例え最初は違っても、次第に嘘をつき始める。
 愛情なんかなければ、犬を殺したって、別に構わないはずなのに。通りすがりの  『   』は、そう言わなかった。


「あなたもっ、私なんか……」

「昔、本で読んだんだけど、嘘かほんとかわかんないんだけどね、失音楽症って病気があるんだって。音楽が、わかんなくなるの」
「音楽が──」
「あたまの、なかの、音楽を理解する部分がね、あるかもしれないんだって。だから、恋愛だってきっとそうだよ! 恋を理解する部分が、あるはずだよ」
「見えもしない感覚」だとか「熱に浮かされた曖昧ではっきりしない高揚感」だとかを、ことさら特別なもののように語り、暖かい、しあわせだと言って集団で持ち上げる姿勢が根強くある。
それが気持ち悪かった。
それが、気持ち悪かった。
ふわふわした、わけのわからないものを、
当然のように。

「それなのにみんな、精神論ばっかりやってるんだよ、わけわかんない、ふわふわした言葉で、全人類に通じるわけがないのに」

「万本屋北香(マモトヤキタカ)……」

感情を動かす意味やふわふわした形のないものという意味では、恋は音楽と似ている。わけがわからない。わけのわからないものなのに、誰も疑問を持とうとしない。


・・・・・・・・・・・

「ひゃああああああああああ!?」

トラックがすごいスピードで走る。
荷台に乗っている私たちは必死にしがみついた。


「武器を捨てて、投降しろー!」
同じくスピードを出して追いかけてくる車も拡声器を持っている。
見た目は乗用車っぽいが、パトカーかなにかだろうか。それとも学会員?

「げっ、万本屋北香(マモトヤキタカ)!」

カグヤの横に居たツインテールの子が叫ぶ。
「……あいつ、まだ……っ!」
運転席の金髪の子は、どんどんスピードを上げていた。荷台の網には、薄い体の
中身のなさそうなスキダがたくさん詰まって、ピチピチと跳ねている。


(投稿日2021/2/13 12:33 文字数2,117文)

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