旅行計画(闇商人オンリーのやかた)
─────■■年前
俺の教室では、44街のことが話題になっていた。
「もしも、将来強制恋愛条例が出来たらどうします?」
きちっと髪を整え、制服のボタンを上まできちっとつけた『眼鏡』が聞いて来て、俺は「適当に付き合えるワンチャン増えるだけなんじゃねーのか?」と返した。
この頃はまだ、強制恋愛条例、なんて言われる条例はなかった。ただのおとぎ話だった。
何度も何度も決めるか否かで投票が行われ、白紙に戻って来た条例だ。
けれど、44街にとっては『好きな相手がいる』ことを市民が互いに認識することにやたらと意義やら意味やらを見いだし、広く認知させ根強く計画を進めているので、いつかは強制恋愛条例が通ってしまうのでは、と俺も思っていたりする。
どんな理由があれば、人が相手を思うかどうかを強制出来るというのか?
一説では人口の減少によるものだった。けれどそれは建前であり別の思惑があるのでは──と陰謀説を唱える人も居る。
特に、どちらが正しいとか有力だとかは俺には判らない。けれどそれでも得たいの知れない違和感のような何かは感じている。
陰謀説のひとつが「隣国でキムの手が発見された為、国民を把握しやすくする処置らしい」
というものだ。「キムの手」は強力な何かで出来て居て、この辺りに住むやつなら皆経験する思春期や青春──に起こり、悩ませられるスキダの発動。
それにより怪物的な概念体または異常行動も引き起こす。
その対処の過程で避けられない「告白」や「突き合い」をしかし問答無用で引き裂き突破するという都市伝説なのだ。
そんなチートな武器が本当に存在するとすれば、市民どころか国民に成すすべがないわけで、恋が戦争として扱われる今の時代の常識が大きく揺らぐかもしれない。
今のところ俺にスキダは発動していないが、前の月に、ませた生意気な女子生徒とガキの権化のバカ男子生徒がバトルになり、そのとき男子生徒の「告白」によって、女子生徒の「スキダを消滅」させたのを見たときなどは大変だった。
教室で共鳴したクラスターが発生したためだ。
しばらくは男子と女子という派閥に変わっての争いになっていた。
スキダは闘争本能を呼び覚まし争いを起こしうる力なのだ。
「キムの手、かぁ」
もし、万が一陰謀があるとしたら、その真相がキムの手の秘密を握っているのか。
って、わけでHRのあと、眼鏡の席に行くなり俺は真っ先にその話をした。眼鏡はふむ、と相づちを打ち考察する。
「純粋なスキダを目立たせない為とか、そういう感じかのもしれませんね……」
「純粋なスキダ?」
「えぇ、自分も見たことが無いですけど、あるらしいんですね、普通のとは違うクリスタルが」
─────────────
旅行計画
『闇商人オンリーのやかた』
「さっきアッコさんから電話が来ててね、あの子たちに悪いけど……」
「おばあちゃん、でも、私──友達になったのに」
台所の奥の方から、祖母とカグヤの話し合いが聞こえている。
三人は固唾を飲んで見守っていた。
「会員で無い人だしねぇ……私たちを悪く思ってるかもしれないし」
「でも、おばあちゃん!」
「あの男の子の方も、恋人じゃないらしいじゃないか」
やっぱり、あの問いはわざとだったんだ。
背筋にぞっと冷たいものが走る。
カグヤの祖母は柔らかい笑みを浮かべていそうな、柔らかな声で、当たり前のように話を続けていた。
「『独身』で、更に『非会員』じゃあ、ここに置くと何するかわからないからね? 友達が、大事だろう」
「嫌、私、勧誘なんてしないからね!」
「カグヤ!」
「友達に勧誘なんてしない! 普通の子はそうだもの! あのクズ親父の居る宗教に友達を送り込むなんて誰がするか!」
「カグヤ、誰のお陰で、命が助かったと思っているの? 誰のお陰で、こうやって今幸せに暮らして────」
「知らない! 皆が勝手にやったことだもん、勝手に、あのクズ親父に恩を売る為に! 勝手に! 私……知らない!」
「カグヤ……それだけ、お前を愛しているとは、思えないのかい?」
「愛してたら何やったっていいの? 恋をしたら何やったっていいの?
クズ親父みたいに、いろんな家庭をめちゃくちゃにしても! あのおばさんみたいに、いろんな男を食い物にしても!」
「カグヤ……それはね」
「あぁ! もううんざり、だったら、死体や物や動物を好きになる方がずっとマシじゃない! 彼らの方がずっと誠実に相手を思いやってる! それがおばあちゃんたちが言う罪な相手でも、振る舞いさえ普通なら、ずっと真面目でまともな人だわ!」
ドタバタと激しい物音、足音がして、やがて少しの間、静かになった後、奥の部屋から微かに洗濯機の動く音がした。
その間に、三人はそーっと家具が置いてある作業場の方に向かった。
祖父はもう眠りについているようで、
作業場は暗くなっていた。
勝手に構ってはならないものもあるだろうと、明かりをつけず、なるべく入り口付近から様子を伺う。
「椅子さん」
私が小さく呼び掛けると、椅子さんは少しだけ返事をした。
──あぁ、おはよう
「椅子さん……」
椅子さんが生きている。それだけで、心の中がじんわり温かくなる。
──心配をかけたね
「うん、でも……良かった、ありがとう……」
ごめんなさいと言いたかったけど、それも違う気がした。
──時期に、カグヤがバイトに出る。
「え?」
──カグヤがバイトに出る。すぐ隣だから話を聞いていた。ついて行くと良い。
「わ、わかった」
椅子さんはふわっ、と台から起きあがり、こちらに向かって来た。
「わ……」
そして、私の腕の中に収まる。
恋い焦がれた感覚だ。
数時間離れただけでも、ひどく懐かしい。
──幸いにも、ちょっと足を治してもらってどうにかなった。
「そう……嬉しい」
このままずっと抱き締めていたい。
だけどまた足音が聞こえてきて、カグヤが近付くのを察知すると、椅子さんは一旦作業場に隠れた。
「あ──カグヤ」
カグヤも私たちを見つけて、少し決まり悪そうに目を逸らすが、再びこちらを見据えながら「あなたたちも来て」と言った。
「バイトって、何やるの?」
女の子がきょとんとして質問するとカグヤはなんてことないように答える。
「学会関係」
「あっ、そうだ、今度北国に行くんだけど、お土産居る? バイト代で買うから」
「旅行……一人旅?」
家族旅行をするように見えなくて私が聞くとカグヤは首を横に振った。
「奉仕活動。さっきのパンフレットに載ってたでしょう? 貧しい国に食料を配ったり……ゴミを拾ったり……ボランティアよ。宗教の理念にも、まず困ってる人に施しをするようにあるから」
非会員を追い出したい祖母の話を認知した上でこれを言う彼女に複雑な気持ちのまま、私たちはそれぞれ頷いた。
なんとなく「すごく簡単に、スキダが手に入りそうだな」と思ったけど、言わなかった。アサヒがなぜか目を輝かせる。
「アサヒ?」
女の子がアサヒを見ると、彼はあとで話そう、と言った。
────外は月が浮かんでいる。
歩く人もまばらで、ときどき、スキダが色んな家の窓の外から魚らしく飛び跳ねているのが見える。
これだけの民家を初めて見たけれど結構すごい景色だ。
「あー、それちょっと恥ずかしいよね」
カグヤやアサヒは私の反応とは違ってむしろ顔を赤らめていた。女の子も金魚すくいみたいで面白いねとはしゃいでいる。
「夜になると、こうやって発光してて……小学校とかは夜中に児童が出歩かないように言ってる。だから私もよく、好奇心に溢れた連中とこっそり見に行ったなあ」
「花火みたいで、楽しいのにな」
女の子が不思議そうにする。
私もちょっと不思議だったけど、見ていたらなんとなくわかった気がした。魚スキダが跳び跳ねて、一瞬怪物のように大きくなって、また小さくなって、二匹、三匹と、じゃれあって、窓から光が丘消えていく……
誰かのスキダと誰かのスキダが混ざりあっている姿が、確かにあまり義務教育中の子どもにはいい影響ではないだろう。
「……アサヒ、さっきの話って?」
女の子が改めて聞いた。
「行くのさ、北国」
私と女の子はええーっ!と同時に驚いた。
「確か北国に、『闇商人オンリーのやかた』がある。普通に行くだけじゃ危険だが、学会についていけば……」
「でっ、でも! 怖すぎるよ、洗脳されたりしたら戻って来れないかもしれないじゃない」
「っていうか何そのやかた」
女の子が冷静につっこむ。
「盗品を売りさばくやかただ。嫁品評会に出入りする盗賊、サイコがよく訪れる。
サイコの居る所に、嫁品評会の情報もあるはず」
しばらく黙って道を歩いていたカグヤが、「でも私、実は勧誘しろって言われて断っちゃったんだよね……」と言うのでアサヒは「いいや、伝ならある!」と言った。
「お前らも洗脳されず、伝に出来るやつが……たぶん、おそらく……」
「大丈夫かな?」女の子が私に囁く。「さ、さぁ……」私もわからない。
ハクナで、スキダの生体調査などを行っている男は、眼鏡をくいっと押し上げながら思案していた。
研究しよう。
どのような研究をしよう。
どのような方法で…………
今、44街のある研究所、研究員たちの間では、スキダの生成環境や健康的なスキダの発達以外の要因とは別に、生物には異性や同性、その他対象を対象とする為の識別、選択する為のみの能力が備わっているという仮説がたつのではという報告が相次いでいた。
フェロモン、相貌認識力、空間把握力など多岐に渡るものであり、簡単にいうならば、何を持って相手を認識するか。
地上に住んでいたとされ今は深海に住む44コイも、普通のコイとは異なり、ひげに触れた電波からしか相手を認識しないため、地上種とは交尾を行わないという。
相手を認めるまでに、外的な、選択能力がスキダの誕生以前に、まず先に存在している。
人間でもまた、スキダが通常と異なるものが居る。彼らは通常のシチュエーションにも通常の相手にも興味を示さない。
まるで深海の44コイだ。
──スキダは本当にその名前通りの存在なのか?
怪物化の鍵がここにあるような気がする。
会長にあった翌日の朝から、ずっと「眼鏡」はしばらくスキダを機械にセットしたまま見つめ続ける重大な作業をしていたのだが……昼間妙な胸騒ぎを抱えて、一旦研究所の休憩室に向かう。
携帯アプリでなにか癒されるゲームでも探そうとしていると、着信アイコンが点滅した。
「はい……44街恋愛研究所……アサヒ!」
「久しぶりだな、眼鏡」
アサヒは観察屋をしている旧友で、たまに話をする仲だった。今もあちこちの空を飛び回っているはずだ。
ちょっと懐かしくて嬉しい。
「どうしたんだ、急に?」
「眼鏡、前に言ってたけど、スキダの変異を探してるんだろ、もしかしたら手に入るかもしれない」
「──ほほう、取引か。何が望みだ?」
「まあまず聞け、実は今度北国に行こうと思ってるんだ、マカロニのことを知っていそうなやつが居る。北国にはハクナや学会員も行くらしい」
「──まだ、あきらめて無かったか。
そうみたいだな、いつものボランティアだろう?」
「訳があって、今は俺はハクナの……移動ルートを知らない。どうせ懇意にしている児童養護施設辺りをめぐるだろうが、万全を期したい」
「ルートの確保か……わかった、考えておこう……スキダの生体調査と称することも出来るからな」
「眼鏡っ!」
はしゃぐ声。
本当に、変わらない……
マカロニが居なくなった頃から、ずっと
20212/1202:33〜1456
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