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病と感情論
「すごく美味しいです!」
私やみんなが口々に言うとカグヤの祖母は穏やかに微笑んだ。
「良かった、まだあるから沢山食べてって」

「ありがとうございます」
女の子が笑顔を見せる。私やアサヒも礼を言った。
「ありがとうございます」

わきあいあいと食事がすすむ。
こんな風景、何年振りだろう?
10年くらいは知らない気がする。胸の奥が、ざわざわ、落ち着かないさざ波を立てたけれど、表に出さないように笑顔につとめた。女の子やアサヒは純粋に楽しんでいるみたいに見える。カグヤも、みんなに合わせて話したり、醤油やソースを取ってあげたりして楽しそうにしている。

 カグヤと私と女の子はダイニングに来るまで、ちょっとだけ秘密の話をした。ハクナの構成員だという彼女の父の話。私たちの話。
仲良くなった、はずだけど、本当は心のどこかで、まだ恋愛総合化学会の勧誘を恐れている。
 女の子も、活動家の家の子なだけあって、感じるものがあるのだろう。楽しそうにするものの、時々視線をさ迷わせて、表情が暗くなる瞬間を私は見ている。
────だけど、だからといって、あの演説、あの出会いを忘れたわけじゃない。
距離をはかりかねながらも、友情にも似た何かが生まれようとしていた。

「それで、みんなはどこから来たの?」
 盛り上がりに──突然、水が刺される。
カグヤの祖母の言葉に空気が凍りつく。
 社会からそっと隠されている悪魔、強制恋愛に反対する活動家。観察屋。みんなそれぞれ、さすがに気軽く情報を知るものを増やす気にならなかった。

「あ……えっ、と」
私が何か言おうとしたタイミングでカグヤが「同じ塾の子なの」と言った。
「あら、そうなのね」
祖母はあっさりと信用する風に見えた。
「あ、そうだ、それならその人は誰の恋人?」
 祖母は次の質問とばかりに、アサヒを指差す。女の子も、私も、一瞬戸惑った。アサヒは驚きはしたものの、異性がこの場に一人だからだろうと、納得したらしかった。納得はしてみたらしいが、しばらく考え込む。

「あー、もしかしてそこのあなたが彼女?」
 私に話を振られて、ええっと戸惑った声をあげてしまう。
「あ──あの……その」

 頭によぎるのは、椅子さんと恋人届けを出そうとしたら沢山の人が群がって来た光景。
スライムが暴れて、追いかけて来た光景。燃え盛る炎。
人を好きになり、怪物になった者の末路。私を好きになり、怪物になった者の末路。怪物が、怪物を殺した痛々しい物語。
椅子さんが恋人だなんて市民に到底口に出せるわけがない。
かといって、アサヒに嘘をつかせる気にもならない。
 私は、自分が悪魔だということを、忘れたわけじゃない。
周りのような誰かを幸せにする為に誰かを愛する立場ではないのだ。

「あ──あの……」

 だから。なんて言おう。
どうしよう。
カグヤの祖母は見た感じ、私たちよりちょっと前の世代──超恋愛世代の生き残りだ。この、個人の心にずかずか入り込むような質問も、彼女たちにとっては、かるいじゃれあい、一種のコミュニケーションでしかないのだろう。
 迷ったまま、チラッ、とアサヒを見る。
アサヒは酷く冷静に、だけどちょっと寂しそうに言った。
助け船だった。
「──いいえ、俺、昔に恋人が居たんですよ」

それは、初めて聞く話だ。
「昔に?」
カグヤが興味を示した。
私もじっと聞き入った。
「別れたんです、その、性格の不一致で……ははっ……」
 アサヒの指が、わずかに震えている。私も、カグヤも、カグヤの祖母も深く追及しなかった。女の子は、じっとアサヒの方を見る。
カグヤが慌てて明るい声を出す。
「まあまあ、元気出して! たーんと食べてね」
「そうそう、召し上がって」祖母も何か察したように笑顔を向けた。私たちも明るくして食事を再開した。




 食事を終えると、カグヤが私たちを呼び止めた。

「さーて! 部屋で話をするわよ」
「あ、うん……」
私はアサヒの反応が頭から離れない。女の子も、何か、思うことがあるみたいだった。
アサヒは、みんな暗い顔してどうしたんだ? なんておどけて見せる。
 階段を上り、部屋に入る途端に、私は思い切って、アサヒに聞いた。
「あの。恋人が居たなら、スキダは──?」

 アサヒは異性だから余計に、怪物になるような気がしていてずっと気になっていた。アサヒのスキダはどんなクリスタルなのか。スライムのときだって、女の子が戦っていたくらいだけど、アサヒは何だか思うところがありそうに見えつつも戦いはしなかった。
アサヒはスキダを発現出来ないのではないか。
けれど、それは、私が知る中では私くらいなものなはずだった。

「俺のスキダは────あいつと共にある。だから、発現しない」

「どういうこと?」

「誘拐、されたんだ……行方不明だが、犯人はわかる」

「誰なの?」
私が聞くとアサヒは少し悲しそうに答えた。

「恋愛総合化学会」

驚き、はしなかった。
他の人もそうだったのかもしれない。

「まだ、ハクナの活動をそんなに力入れてなかった頃に、嫁市場って闇市場が出回ってて、それがハクナが隣国と手を組んでるってずっと言われてた」

カグヤが真剣な顔つきになる。

 それにしても目から鱗が落ちる。スキダ、発現しない要因は、相手が行方不明ということ。好きな相手の存在がわからない場合に、うまく現れないことがあるだなんて。
「誘拐に、手を回してたってこと?」カグヤが聞く。
学会員が、とは彼女は言わなかった。
「なんで、関係あるみたいに言うのよ」
「彼女は、44街に、突如恋愛総合化学会みたいなのが政治のバックにつく前から、強制恋愛に、反対していたんだ──
そして、対外的な要因で恋愛的判断に狂いや乱れが生じる、今でいう恋愛性ショックが、
病気である可能性について論文を発表していた。
やつらが動く動機は充分あった」
「私の、病気だ……」
女の子が、目を丸くする。
「その人って」
「マカロニって名前だったかな」
 女の子の瞳から、雫がぽたぽたとこぼれた。
「お──おかあさ、ん……おかあさん……」

「おかあさん、マカロニさんなの?」

カグヤが聞くと、女の子は首を横にふる。昔っていってたから確かに時系列があわない。
「でも──わかる……おかあさんは、たぶん、そこにいる……」

 あの日、爆発した家の瓦礫の下から、彼女の家族は見つからなかった。だけど彼女は直感したのだろう。彼女の母親も活動家で、同じ病気の話をしていて、ハクナに目を付けられていたのだから。
 爆破された家、さらには観察屋があそこまで執拗に、私の家を見張り、探り続けていることも含めて、そこまでするハクナに可能性が充分あることを感じ取っている。
「なんで? その論文がなぜ狙われるの」
カグヤが首を傾げる。
「恋愛総合化学会が、
恋愛を感情論だけで謳っているからだ」 

 部屋の机の下に滑り落ちていたパンフレット。そこには、運命のつがい、幸福を感じる日々を手にする、感情の浄化、などが謳われていた。

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投稿日2021/2/6 19:46
文字数2,769文字




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あきゅろす。
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