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バレンタイン
※部屋で椅子さんと話すだけの話


ガタッ!
椅子さんがそう言って慌ててカレンダーをみる2月12日。
「あー、そっか、もうそんな時期か……」
私は頷いて、ちょっとだけ感慨に耽った。14日がバレンタインデーだ。
 昔はバレンタインが大嫌いで、何よりも嫌いで、とにかく学校に行かなきゃならない
と思うと、吐き気がした。
44街では学校がこの日ばかりはスキダが活発に動き回る最悪の狩り場となっていたからだった。テーブルの横に座りながら、私は椅子さんを見つめた。

「今でもその影響はあるし、何かあると怪物が現れたりはするけど、今は椅子さんが居る」

──殺そう。
決めてからは随分気が楽になった。

「今まで、椅子さんと出会うまで、私は逃げていたんだ。
人から好かれることは相手の趣味の問題だから仕方がないと思っていた。
だけどいつ怪物に変わるか、心のそこでは怯えていた」


人や動物じゃなくても、
何かを殺せば、何かを傷付ければそれは余計に自分が苦しむと思っていた。だから逃げていた。

ガタッ?
椅子さんが不思議そうにする。

「でも、違うの。あの日、殺して、叩いて、 戦って知ったのは、限りなく世界は広いということ。何かから逃げなくて良い世界があるということ」


何かと向き合えば、世界は確かに存在することを知ることが出来る。
血の中に、痛みの中に確かに
しあわせがあった。

 あの日の私は、不快な、不気味な、嫌な、恐怖しかない怪物と戦って、それがやはり理解に苦しむものと知って、より、心が軽くなった。


────そもそもスキダの殺害は犯罪にはなっていないし、私は悪魔だからどうだって良いことである。

 ガタッ。

話しは戻るけどバレンタイン。椅子って確かチョコレート食べないよね?
 椅子さんがチョコレートの話をするので、ちょっとだけ驚いた。

「椅子さんは、チョコレート、食べたい?」

ガタッ……
「そっか」
 それなら、椅子さんにも食べられそうなものを考えてみよう。
「あ。そうだ、外でスキダを狩ってきてチョコレートみたいに溶かせば……」

ガタッ!!!

怒られた。拗ねている。
スキダを狩ってくるには好かれなきゃならないのだから当然だ。それに大抵は雑魚だが命がけだ。

「ごめんなさい、拗ねないで〜!」

ガタッ……

「え? 椅子さんがくれるの?」

ガタッ……


嬉しい。
椅子さんは優しい。けど、チョコレートなんて椅子さんには味わうこともなく染みになるだけのものだ。
 それを、わざわざあげたいというのはなんだか、申し訳ないような気がした。
私が人間の体だから。
なんだか、その気遣いがあまりに大きくて、尊くて、大事なものな気がする。

「──こんなことを考えてる時間があること自体が、昔はなかったんだなぁ」
ふふ、と笑みが零れる。
なんだかちょっとだけ、いろいろなことを考えてしまう。

「昔は他人が誰かを好きになるということ自体、その他人を好きになれる才能そのものに、嫌悪感を覚えて、ひどく憎悪してたのに……」

たとえ相手が自分であっても、その行為その意思そのものが既に許せないという思いが強かった。 他人を好きになることになんの問題も発生していない、ただ自分に酔うだけの彼ら彼女らの茶番劇が許せなかった。
「ガタッ」
「殺人鬼が、生きた人間が許せなかったように、 私もまた、他人を好きになる才能に恵まれていながら、その上で嫌味たらしく私に近寄る、彼らが許せないと思った」

いや、正直今も許せてはいない。
許すかどうかでは無いだろう。
これは、生き方の差だ。
才能は、生まれついたものなのだから。

「……ガタッ。ガタッ」

 だから今でも、恋をする人間に対してそうではあるけれど───
あの日、リア充もそうでなくても爆発したあの日。※1

「『あの子』が恋愛は感情に収まらない病気だって、教えてくれた」

 自分の感情、相手の感情、スキダも恋も、それだけでは生まれない。
感情の殻にこもっても、それを知ることは出来なかった。感情だけで成立していないから。

「それに、『私』は私自身の宿命を理解した」

私は、爆発させられる前にスライムを殺すことが出来た。感情だけで捉えられてずっと暗示をかけられていた世界から、自分の意思で前へ、進んだのだ。

ときに恋は病気になりうる、危険なもの。
ときに恋は、怪物になりうる、危険なもの。
だけど──怪物になれば戦えばいい。
病気になりうるなら、感情以外も求めなくては
。出会いすべてが、恋と戦い、殺しあっていく大切さを教えてくれた。

何よりも。あの日。

「人間に拘るなって椅子でいいじゃないって、言ってくれたから──私、人間に目を向けることにも怯えずに済んだよ」

どんなに辛く独りになったとしても、
いつも椅子さんが居てくれた。
 椅子さんと見つめ合う。
胸が熱い。
光が浮いて、宙に舞う。
キラキラと輝いて、魚の形をしたクリスタルが
生まれると、私はそれをそっと椅子さんに差し出した。

「大好きだよ!」


 はい、と渡すと椅子さんはガタッ!!!?とひっくり返りそうなくらい揺れたあと、触手を伸ばしてそれを受けとる。幸せそうな表情をしているようだった。

(2021年2月6日AM1:34更新─2月9日23:39更新)

※1:昔、恋人が居る人などをリアルが充実しているとして、爆破していたそうだ。
44街図書館の資料より)

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