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恋愛至上主義──恋愛は戦争、戦争には兵隊が必要


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「以上のことを、纏めると────」

男が眼鏡をくいっと押し上げながら、ボードに指し棒を叩きつける。

「スキダの生成環境や健康的なスキダの発達以外の要因とは別に、生物には異性や同性、その他対象を対象とする為の識別、選択する為のみの能力が備わっているという仮説がたちます。
 フェロモン、相貌認識力、空間把握力など多岐に渡るものであり──
簡単にいうならば、何を持って相手を認識するかですね」

 市長は、彼の姿を固唾を飲んで見守る。
恋愛史や、44街に関することについて何かあれば逐一報告するようにというのが定例会を行う主な目的だが、今回はある理由、ある目的のために個別に話を聞いている。

「何を持って相手を認識するか、これは簡単なことのようで、とても複雑なことなんですが……
恋愛は大まかには『好き、嫌い』という感情と、本能や生理的な衝動によるもの、またはそれに付随する遺伝的な要因という考えが44街では一般的でした」

「それが、違うというの?」

恋愛総合科学会では政治利用などを視野にスキダの生体調査なども、秘密裏に行われていた。眼鏡はその辺りを仕切っている。
彼は手にした資料を彼女の机に並べながら
極めて冷静に説明を続けていた。

「元は地上に住んでいたとされ今は深海に住む44コイも、普通のコイとは異なり、ひげに触れた電波からしか相手を認識しないため、地上種とは交尾を行いません。
相手を認めるまでに、外的な、選択能力がスキダの誕生以前に、まず先に存在しているんです」

 市長は、深く息を吸い、言うことを考えた。考えて、また息を吸い込む。胸騒ぎのような、何か、落ち着かない感覚を覚える。総合科学会はここ数日、市長の命令で戸籍屋の手を借りてヒューマン以外の者や、異常性癖を持つものを洗いだしていた。
 そしてそのリストにあがった中に、ハクナが襲撃した、強制恋愛反対デモの首謀者の女の存在があった。
彼女は恋愛性ショックという病を抱えていたが、厳密には正式に難病と認められているものではないし、例が極めて少なかった為、強制恋愛条例を推し進める市長たちには邪魔でしかなかった。
 スキダ、という名前の通りに感情から生まれる筈のクリスタルが生まれないものは、単なる感情の欠如した異端者だが、感情さえ育てば良いはずだ。それすら真面目にやろうとしないどころか、強制はおかしいなどと言い、周囲に公演を開いたり騒ぎを起こしていたのだから排除されてしかるべきだと、そう考えられていた。

 外的な選択能力────?

──44街のあの古い民話。

──排除されてしかるべきだと、そう、考えていた。
誰が?

運命のつがいが、私たちを、幸せに導いてくれる────

「そうですか──なるほど、」

運命とは、何?
感情を動かされるもの?
身体を、動かされるもの?

 なにか、いけないことを、したのではないかという、漠然とした焦り、不安、恐怖。
市長は精一杯に笑顔を作る。

「報告、ご苦労様です」

眼鏡が一礼して部屋を出ていくと同時に、市長は叫んだ。

「うぅ、う、あああああああああ───!!!!! 間違ってない!! 私は間違ってない!!!! 間違ってない!!!!」

 彼女が学会長になって、もう10年は経つ。恋愛、運命のつがいが、人類を幸福にすると、本気で信じてきた。
スキダが両親を殺した日。
居場所も財産もなにもかも無くした彼女は恋愛総合科学会によって救われ、彼女の運命のつがいであった前会長によって、救われた。
 だから今も本気で信じている。
運命が、恋愛が、つがいを、幸せを作る。
彼女が恋愛によって自分を生まれ変わらせたように。

 スキダは自分の入り込めない相手に奇生することはないはずだ。そう、完全に正解でなくてもいい、44街はこの強制力により、今も怪物から守られている。
少しでも、守られているはずだ。
みんなが、気持ちをひとつにしさえすれば、もう、誰も怪物に殺されないと、そう、信じていたって────
(信じて、いいのかしら?

 どうやら、最近スライムがクラスターを起こしたことなどで、疑心暗鬼になっているらしい。この今まで経験したことのない想定外の事態に、四苦八苦している。
彼女は必死に自分を弁護した。
大事なのはこれから先だ。
 どれだけ抜け無く、パーフェクトな対応が出来るだろう。
トップが責任感の抜けで「またか……」などとみんなに慣れられては示しがつかない。いつも堂々として、会長が居てくれるから安心という安心感で居なくてはならないのだから。

「ああ……あぁああ……しっかりして!!!! ただでさえ!!みんなあなたの失態のために日夜対応に追われ、あなたのために大変な想いをしているのよ!!」

会長は自身を鼓舞しながら、目を潤ませた。あの人に会いたい。あの人に……

「あなたは責任ある立場でしょう? 一般の何倍も影響力がある……人一倍配慮をすべき立場だ。逆にいえば、あなたのとる行いには、通常より何倍も重い過失、責任がジャッジされ、くだされて当たり前なのよ?」

 彼女は自身を鼓舞し、宥め、諫めて、自分を抱き締めるようにしゃがみこみ、頭を抱えた。──────────────
投稿日2021/1/31 16:22

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あきゅろす。
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