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グラタンさん
運命のつがいなんてあるのなら、どうして恋愛があるのだろう?

わざわざ葛藤する価値もなく、わざわざ気に入られる価値もなく、わざわざ会話する価値もなく、わざわざ思いやる理由はなく、ただ、決められているからで済むはずだ。

 好きも嫌いも選ぶもの全てが運命なら、
どうして個人は存在するのだろう?
どうして、生きてゆくのだろう?
敷かれたレールに従って、示されたものを食べ、示されたものを見て、示された子孫を残すだけ、その為に示された相手を選ぶことが人類の使命であり、生命の役割ならば、あまりにも残酷だ。






それはあまりにも
人間の心を、根底から覆す、残酷な運命だ。





・・・・・・・・・・・・




ふと、薄暗い地下でグラタンは目覚めた。
隣から自分のものではない圧し殺したような嗚咽が聞こえてきて、ますます意識が覚醒する。
「ここは……」

 身体中が痛く、ぼーっとするが、ひとまず生きては居るらしい。
隣に居たのはまだ若い、灰色の髪をした10代ほどの女の子だった。娘も生きていればいづれはこのくらいの年になるだろうと胸が痛む。
「おはようございます」
悲しみには触れないようにひとまず挨拶をする。彼女はビクッと肩を震わせたが、膝までかけた毛布を手繰り寄せてうなずく。
 地下の部屋は暗い。


 謎の男に誘拐され連れてこられた彼女たちは、3、4人ごとにそれぞれその牢獄に管理されて居た。
彼女もその仲間入りしたばかり。旅先の安価な船の中のような、薄くてざらついた毛布が二人で1つの割合で支給され、薄いビスケットのようなもので食事を済ませていた。

「おは……よう」
少女はかなり痩せこけていて、ここに来て一年は経ちそうだという。
「あたしたちの番はまだみたいだね」
呼び出された人の部屋の鍵が開き、順に地上で労働があるが、基本的に人気の者とそうでない者が居り、新入りはまだまだ雑役がメインだったので、忙しさよりまずは、暇、という言葉と、激しい不安にかられた。労働がない時間も逃げ出すことは許されていない為に、彼女たちはよく当たり障りのない範囲の話をした。

 嫁市場、品評会に出される為に管理されること、良い土地や見た目で価値が変動すること、スキダを奪われた者が多いこと。
ほとんどが誘拐であること。

「さっきは、うるさくしてごめんなさい」

彼女はグラタンよりもこの現実に慣れていたが、それでも夜中にこうしてこっそり泣き出すことがあった。まだ幼く、まだやりたいことが沢山あるだろうにとグラタンも気にするよりは同情のようなものを持っている。

「何かあったの?」




「売れ残り過ぎたら、奴隷にされるかもと考えてしまって」

「そう……」

それはあり得なくはなかった。
商品である価値が無ければ内臓を売るなり
本当に危険な仕事をさせるなり、処分するということも考えてしまっておかしくない。彼女は一年売れ残りなのだ。

「自分が何を好きかも、何も知らないで、
自分がどういう人間か何も判断出来ない
まだ知らない、知りたいこと、何も知らないで一方的に他人から好かれたり嫌われて点数を付けられて……」

「好きなものは、ないの?」

彼女は首を横に振った。

「好きなものがあるなら、もっと励みになるものが、生き甲斐になる勇気があったはず!
誘拐する人がどんな気持ちなのかまるでわからない! 
あたしは誘拐されて、道端の石にさえ満足に触れなかったんだわ! 周りは、そんな好奇心すら嘲笑うように気軽にそれを投げつけてる」

毛布を抱き締めて、彼女は泣き出す。

「目の前にごちそうがあったのに、ごちそうごと、テーブルをひっくり返したみたいに、家が、そこで味わうはずだった
好きなものという仮定の話が頭から離れないの」

「……そうね」

彼女にも家族が居たが、どんな気持ちで想っていたのかは今となればよくわからない。好きとはなんだったのか。
 自分をそれの対象として他人が品評する行為が、自分にない何か欠けたものを使った優越感に満ちた贅沢な遊びである気がする。
「好きなものは、勝手にわいてくると思っていたけど、そうじゃなかった。
与えられている環境に合わせてそれをより生かす為に送られる快楽信号。
勝手にわいてくるのならこんな場所に居たって楽しいはず、それなのに、それなのに……」

 彼女の握りしめた拳に涙が落ちる。
地下室には、彼女たちのスキダの生まれる環境がなかった。ときにスキダは怪物になることがあると聞いたことがあるけれど、ここではその心配も、『発作』の心配も無さそうだ。
けれどいつまで生きて居られるかとか、そういった心配は尽きないし、出られるに越したことはない。
 同時に彼女は実感した。
与えられる環境に合わせて生まれる快楽信号で育つのがスキダなら、こんな風に誘拐されたり強奪にあわずに、馴染んだ環境でスキダを持てる人は恵まれている。

「好きなものが……欲しいよぉ」

わんわんと泣きわめく彼女に、グラタンもかける言葉がない。
好きなものが手に入らない、スキダも育たない、それでいて、他人は勝手に品評会を開くのだ。自分の環境で恵まれた自分を喜ばせるために。

ガチャガチャと鍵を開ける音がした。

「そこの女ども、仕事だ」

 ガタイの良い覆面の男が、乱暴に告げて鍵を開ける。少女は慌てて泣き止み、グラタンも覚悟をした。
結婚式場の地下からそのまま通路を歩いていくと、やがて繋がった地下通路から風俗店に通じる。地上での警察の取り締まりなどが強化されているためこのようなトンネルからの行き来は役立つ。
何よりも、ボロボロの姿で見知らぬ町を歩かなくて良いことは彼女たちにも悪いことばかりではなかった。
仕事を終えた後、彼女たちはまたボロボロの姿になって寝床に戻る。道中に見知らぬ人や見知らぬ町を見ていては、憎しみが募るだけだ。
何より、脱出しにくくしているのだろうけれど。

そんなトンネルを潜り、ネオンの煌めく怪しい店内、という地上が見えてくる。
そこは控え室とされており、スタッフしか近付くことのない部屋だった。

「いつみてもキラキラしてるなあ」
 少女が目を輝かせる。
彼女も苦笑しながら後に続く。先頭に居る男が売れ残りをじろっと見たがやがてスパンコールの目立つドレスを着た派手な女に二人を引き渡した。
彼女は夜会向けの派手な髪をかきあげながら見下すような笑みを浮かべる。
「はい、こんにちは、少し待ってな」

挨拶をされ、二人ともおずおずと挨拶するも、それを無視しながら壁の内線から電話をかけた。

「バンバン! 奴ら来たよ。あぁ、あぁ、そうだそうだ、バンバンがこの前に見せてくれた水色の……うんうんうん、それそれ」

しばらく立っているうちに、重みのある足音とともに男が現れた。

「っ────」

強い衝撃が彼女たちを揺さぶる。

「あ……あ……あぁ……」

彼は、義手にスキダを持っている。
少女がうっとりと腕を伸ばした。
「私の、スキダ……」
ふらふらと密に引き寄せられるように男に向かっていく。彼はサングラスをかけた顔でニコッと笑う。
「おやおや、モテる男は辛いな」
グラタンは警戒しながら彼を見た。

「お前も意地を張るな」

義手から綺麗な水色の光が溢れると、彼女の胸が痛くなって、勝手に涙がこぼれてくる。その輝きに目をそらすことが出来ない。スキダだ。
あれは自分が奪われたスキダだ。
本能が喜んでしまう。

「グラタン。お前のスキダは優秀だよ。
せめてもの礼にお前を品評会に出してやる」
彼は嬉しそうに笑って、義手を見せつけた。スキダで光輝くキムの手が彼女に伸ばされる。
頭が、頭が……ぼーっとする…………
少女が自分のスキダの輝きを放つもう片方の手に向かって吸い寄せられる。
「あたし……あたしは……? あたしは」




 意識が安定しない頭では少女がどうなったのかわからないまま、グラタンは男に連れられて部屋の奥へと向かって行く。
 ぼーっとした頭が、先程の女に似た顔に見覚えがあったなとふと思った。
なんだっけ。
なんだっけ。
サングラス。
義手。
キムの手。


「あ……」



昔、活動中に見た、恋愛総合化学会の幹部だ──

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投稿日2021/1/13 17:38
文字数2,934

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あきゅろす。
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