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椅子ノハちゃん現代パロ
椅子さんと電話すると、いつも、決まって「ガタッ」と言う。
そして、「もしもしー?」と私が聞くと、相手はこう答える。
「ガタッ。ゴトッ」って。
そのたびに私はなんだか嬉しくなってしまう。あの木のぬくもりを思い出してしまう。
椅子さんは椅子だ。
木で出来ている。だけど、ときどき触手が生えたりする、不思議な椅子だ。
私は人間ではなく、椅子に恋をしている。そんな私ももうすぐ二十歳になる。
来月の今ごろ、私は誕生日を迎える。
十九歳という年齢から、ついに脱却するのだ。
そうして私は大人になる。
きっとそうだ。……でも、本当にそうなのかな? 私の心の中には、不安があるけど、でも……
 小さい頃からの夢だった。
大好きな物と、一緒になる夢が、目の前にある。だから私は、迷わずその扉を開くだろう。
今日もまた、椅子さんのいる喫茶店に向かう。
そこで、また、彼に会えると思うだけで、私は幸せな気持ちになれるんだ。
彼は今日もいるだろうか? いたらいいなって思う。
彼と初めて会った日から、私は毎日のように座り合ったり、撫でたり、ガタッという音を聞いている。それはとても楽しくて、愛おしい時間だ。
けれど最近、私は少しだけ寂しさを感じ始めていた。
彼がいない時もあるからだ。
この前は、椅子に座っても音がしなかった。
その時はとても悲しかった。
それからしばらく経って、やっと椅子さんが現れた時は、思わず抱きついた。椅子さんは何も言わずに、ただじっとしていた。まるで何かを考えているように。
 だけど、すぐにわかったよ。
椅子さんだって、私と同じ気持ちなんでしょう? だから、私達はこうやって、毎日会うんだよ。
そうに違いないよね。
だって私たちには、言葉はいらないもの。

「ゴトッ」
って音がすればわかるから。
ねぇ、そうだよね。
大好きだよ、椅子さん!
―――…………


「私、大人になるんだ。椅子さんは、もう大人かもしれないけど……それでね。もう一度椅子さんと合体したい!」
「ガタッ!」
椅子さんが顔を真っ赤にする。『それなら僕に任せてくれ』と言っているみたいだ。
やっぱり椅子さんは素敵だ。優しい笑顔で微笑んでくれる。
「ガ、ガタッ!!!ゴトッ、ガタッ、ガタッガタッ」
「アハハ。動揺しすぎだよ」
「ガタッ……」
「大丈夫。わかっているから」
椅子さんの顔を見つめる。そして私は、ゆっくりと瞳を閉じる。
これは合図なのだ。
「あぁ……。やっぱりドキドキするなぁ。でも、大丈夫だよね?」
「ガタッ!!」
椅子さんは元気よく答えてくれる。


店が閉まった後、私たちは再び一つになった。
――……
「んっ……ふぅ……」
「ガタガタガタガタ」
いつもとは違う感覚。今までよりもずっと深く繋がっていく気がした。
「あっ……うぅん」
身体の奥底まで貫かれるような衝撃に、声を抑えることができない。
「ガタガタガタタ、ガタンッ!」
激しい揺れの中、それでも私達は決して離れることはなかった。
「ああんっ!もっとぉ、ちょうだいぃ〜!!!」
「ガガガガガガガッ」
彼の触手が激しく暴れまわる。私はそれに身を委ねた。
「椅子さん、椅子さん」
甘い木の香りがする。
やがて絶頂を迎えた時、頭の中で火花のようなものが弾けた。
意識を失いそうになる中、私は確かに見たのだ。
彼が優しく微笑んでいるのを。
――……
「おはよう、椅子さん」
「ガタッ」
あれから一週間ほど経っただろうか。
今日も私は、椅子さんのところへやって来た。
彼は何も言わず、ただそこに座っていた。
そして、私はいつものように、彼に話しかけた。

「ガタッ」
うん。今日もいい返事だ。
そういえば、まだ言ってなかったかな?
「お誕生日、おめでとう」
「ガタタッ!」
そう言うと、彼は照れたように頭をかいていた。
その仕草にキュンとする。
やっぱり好きだなぁ。椅子さんのことが。


「あのね……」
いろんなことを思い出した。
ときどき、思い出してしまう。
「あの闇に飲み込まれたとき、44街中に、椅子さんが好きだって、報道されたとき。どうしてかな……本当のことなのに、
なんだか他人事みたいで、胸が痛い筈なのに上手く感情が出てこなくて」
彼はただ黙って聞いてくれている。
「あんな風に、私が、やっと見つけた好きな人でも、44街は、それすらも、私を管理するのには邪魔だったんだって、それが凄く、辛くて」
涙が出てきた。
でも彼は何も言わない。
「独りになったときよりずっと、私が、椅子さんを好きになった喜びが否定された事、椅子さんを笑われた事が――――」

何が言いたいのか、自分でもよくわからなかった。自分にとって大事なものはなんだったんだろう。
「他人を好きな気持ちは、他人を傷つける。だから、私が椅子さんが好きな気持ちもまた、誰かが否定すべき感情で、でも、それじゃあ、どこにも、何も好きになる気持ちがないのかな」
自分が傷つく覚悟で、誰かを愛する事はできるけど、結局それは自分も相手も幸せにはならない。
「私は、椅子さんのこと、好きでいていいのかな? ヒトと物が、結ばれても、いいのかな」
「ガタタッ!!!!!」
椅子さんの声が強く響いた。
顔を上げると、そこには決意に満ちた椅子さんの姿があった。
「椅子さん……」
「ガタンッ!!!」
「えっ!?」
椅子さんは勢いよく立ち上がる。
すると、まるで椅子さんから溢れるように光が溢れ出した。
眩しい光は、私を包み込むように広がっていった。
「すごい……これって一体」
「ガタガタガタガタ」
「もしかして、私の為なの?」
「ガタッ」
そう答えるかのように、彼は強く首を縦に振った。

「嬉しい……」
椅子さんは、私の為に力をくれたんだ。
「ありがとう……本当に」
椅子さんは、静かに微笑んでくれる。
「私……もう迷わないよ」
「ガタッ!」
「椅子さん、大好きだよ!」
「ガタッ!」
そして、私はまた一歩を踏み出す。
――……

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