2020/9/20 9:34 文字数1,237文字
俳優や女優が、画面のなかでコップに口をつけるとき、キスシーンじゃんって、思うと思う。
私もその一人だ。
だけどそれを、キスしてるなんて言う雰囲気はなくてみんなのなかに暗黙の了解の雰囲気が漂っている。コップは物だ。物に触るということは少なからず物からも思われているってことになる。
それはわかった上で、あえて水分補給なんて言い訳して、好きとは言わない。
言い訳をやめてちゃんとコップに気持ちを伝えずに、人間と付き合う人もいる。
私はみんながコップと役者の紡ぐ一時の関係を受け入れてるって、思っていたし、今でもちゃんと信じている。
コップに口を付けてお茶をのんでいた
ときも、私はそれでスライムにも意味が通じてるんだって、思ってしまっていた!
スライムの目の前で、コップと密着している……!
「おいしそうに飲むね」
初めて会った日。いつもどおりに一人きりで、みんなから隔離されて過ごす、私の毎日が、突然変わった日。
スライムは、水やりをおえたあと、縁側でコップとコミュニケーションを取る私を見てそう言った。
そんなの言われたのは初めて。
誰かが絡んできたのも初めて。
──だけど、私が、そのとき好きだった相手がコップだったことを、ようやく理解してくれる人が現れたんだって思った。
「一緒にいると、優しい感じがして、落ち着くんだ」
「へぇー」
コップに口を付けても、何も変じゃないんだ……
私ね、コップに触るの好き。ずっと……何かに触ると怒られると思ってた。話しかけると、怒られると思ってた。
「どうして泣いてるの」
スライムが話しかけてくる。
私の両目からは、ぼろぼろと滴が溢れて、次々流れ落ちていっていた。
悲しいのか、嬉しいのかわからないけど、だけど私は、奇跡を見たんだ。
生まれて初めて。
「何かに触るの、他人の前で何かに触ると、気分を害されないの、初めてなの!!好きな人と、おはなしして、やめろって、決められた人と話さなきゃいけなくならないの、怒られないで、お茶をのむの初めてなの! うわああああん!」
スライムは不思議そうに私を見ていたが、ハンカチを取り出して聞いた。
「コップを使うとなぜ怒られるんだい?」
「ううん、コップをつかうからじゃないんだ。私は生まれてからずっと決まった人としか話さないようにって、お触れが出てて……決まった人以外に触るときっと呪ってしまうのかな」
「きみは何を言ってるんだ?」
「私、このコップが好きなの」
「……素敵なコップだね」
一通り泣いてから、さっき、口を付けていたことを思い出して少し恥ずかしくなる。「ありが、とう……」
どきどき、心臓が高鳴って、息が苦しい。二人を祝福してくれるスライムが、なんだかとても優しい人に見えた。
──薄くて形のいい曲線を描く取手。
ざらざらしているけどどこか艶のある肌。丸い飲み口。淡く儚い色合いの朱色。それをすべてあわせ持っていて、水をそそぐと、とても滑らかに口に運んでくれる。
私はコップに想いを抱こうとしていた。
そのときスライムが、何を思っていたのかも知らないで。
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