風邪
風邪を引いてしまった。
部屋のベッドから、起き上がれずにぐったり倒れたので、熱を測ったら38度あったのだ。
「お花の……水やりに行かないと」
──と、起き上がって外に出ようとした途端に、廊下から威圧感を感じる。振り向くとすぐそばに椅子がひとつ。
「い、椅子さんっ……」
なぜ寝ていないのか、と抗議しにきたらしい。
廊下の先にある洗面台の鏡に少し火照った顔が映っている。冷たい空気を吸い込むとこほこほ、と咳がこぼれた。
──大丈夫?
椅子だから表情はわからないが、たぶん、心配そうだ。
「うう……大丈夫、だよ」
ちょっとだけうれしい、と思った。
──昨日は寒かったから風邪を引いたんだね
「椅子さんは椅子だから、うつさなくて良かった」
ちなみに椅子さんにはあまりウイルス的なのがきかないようで、だからなのか不思議と普段風邪を引いたりはしなかった。椅子さんは人間ではなく、椅子だからだけれど。
ただしそれゆえに、カビが生じやすく、湿気が大敵という問題はあった。
人間にはある風邪が興味深いらしくて、じいっとこっちを見つめている。
私が考えていたことを察したのか椅子さんが話しかけてくる。
──のんきなことを言ってないで寝てて。
触手くらいなら動かせる。看病くらいできるよ。
不満そうだった。背中を押してくる。
──ほら、はやく、部屋に戻って。
「わわ、わかったよ〜」
ぼやけた視界に、窓越しの空が見えた。
今日も良い天気だ。
なにもなかったかのように、静かな時間に、椅子と、私が居る。
──何か食べ物を持って来てくる。なにがいい?
「うー、プリン……」
──はいはい
熱に浮かされた頭で、どうにか部屋に戻った。
眠りにつくとき、やっぱり椅子だからうつさなくて良かったな、なんて、そればかり考えて居た。
(2021/5/1518:34更新)
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