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アサヒとクロとキムの手



「俺のスキダは────あいつと共にある。だから、発現しない」

「どういうこと?」

「誘拐、されたんだ……行方不明だが、犯人はわかる」

「誰なの?」
私が聞くとアサヒは少し悲しそうに答えた。

「恋愛総合化学会」

驚き、はしなかった。
他の人もそうだったのかもしれない。

「まだ、ハクナの活動をそんなに力入れてなかった頃に、嫁市場って闇市場が出回ってて、それがハクナが隣国と手を組んでるってずっと言われてた」

カグヤが真剣な顔つきになる。

 それにしても目から鱗が落ちる。スキダ、発現しない要因は、相手が行方不明ということ。好きな相手の存在がわからない場合に、うまく現れないことがあるだなんて。
「誘拐に、手を回してたってこと?」カグヤが聞く。
学会員が、とは彼女は言わなかった。
「なんで、関係あるみたいに言うのよ」
「彼女は、44街に、突如恋愛総合化学会みたいなのが政治のバックにつく前から、強制恋愛に、反対していたんだ──
そして、対外的な要因で恋愛的判断に狂いや乱れが生じる、今でいう恋愛性ショックが、
病気である可能性について論文を発表していた。
やつらが動く動機は充分あった」
「私の、病気だ……」
女の子が、目を丸くする。
「その人って」
「マカロニって名前だったかな」
 女の子の瞳から、雫がぽたぽたとこぼれた。
「お──おかあさ、ん……おかあさん……」

「おかあさん、マカロニさんなの?」

カグヤが聞くと、女の子は首を横にふる。昔っていってたから確かに時系列があわない。
「でも──わかる……おかあさんは、たぶん、そこにいる……」

 あの日、爆発した家の瓦礫の下から、彼女の家族は見つからなかった。だけど彼女は直感したのだろう。彼女の母親も活動家で、同じ病気の話をしていて、ハクナに目を付けられていたのだから。
 爆破された家、さらには観察屋があそこまで執拗に、私の家を見張り、探り続けていることも含めて、そこまでするハクナに可能性が充分あることを感じ取っている。
「なんで? その論文がなぜ狙われるの」
カグヤが首を傾げる。
「恋愛総合化学会が、
恋愛を感情論だけで謳っているからだ」 ■■■■■■■■■■■■■






アサヒとクロとキムの手
──速報です。
椅子との届けを出しにきた女性に対して全国に向けた画面の前で笑ったことについて、市長が謝罪しました。

 目が覚めたときに見たのは、視界の、遠いところで起きている火災と、なにやら騒がしく出動してる消防車。
さらにビルの大きなモニターにそんなニュースが映っている、不思議な光景だった。
……いや、意味がわからない。そもそもどうして自分が眠って居たのかもわからないし、あの速報もわからないし、なにもわからなかった。

「……うぅ」

身体を起こそうとして頭痛に呻いた俺に、誰かが声をかける。

「あ、気がついた」

「ゆっくりでいいんだよ、ゆっくり、起きて……」

複数の、人の声。
 この声は確か……改めて意識を覚醒させると、目の前を歩いているみずちと、めぐめぐが目を覚ました! とはしゃいだ。おはよう、とそれぞれが挨拶してくる。

「あぁ……おはよう」
そこで再び、ハッと気が付く。
「そうだ、あいつは!? 俺は、どうして、こんな……」

「いったい誰に謝罪してるのかしらね?」 
急に、自分のすぐ下から声がして、思わずうわああああと情けない声をあげる。

「あら、私が担いであげたのに。おはよう、アサヒ」

「お、おは……よう、ございます」

万本屋の背中から降りて、改めて目の前の44街を見る。

「あのニュースはね、今、恋人届けを出さなかった人を対象に、異常な性癖を持っていたり、種族が変わってる人々を市長直々にさらしあげてるの」
「はあ!? なんでいきなりそんな──民の反感をかうようなまねを」 

椅子との届けを出しにきた女性に対して全国に向けた画面の前で笑ったことについて、市長が謝罪しました、という速報を改めて思い返す。

「あいつ、44街と、和解できたのか?」

「勝手に騒いで勝手に謝罪してるだけ。だってあの子──まだあのなかに居るんだよ、市長に会うなんて出来るわけないじゃない」

めぐめぐが少し怒ったように答えた。
……あのなか、ぼんやりと記憶が戻ってくる。
そうだ、確かに、俺が意識を失ったのもあの市庁舎の前に向かったあたりからだ……

「さらしあげて、今度はちょっと度が過ぎたものは形だけ謝ってるとこ。あっきれた……」

 よく見るとちらほら画面に集まって来ている民の輪の中心や、視線の先──44街の恋人届担当職員、そして44街の恋愛推進委員会とかいうなぞの委員会の人たち数名がテーブルを囲む姿が映し出されていた。
『 緊急事態宣言です。
今後、恋人届けを出していない者は理由を問わずに発表していきます。
異常性癖や嗜好があっても、
44街の担当審査員によって、社会的影響が出ることが認められるほどのハードさである、と認めなければ
公表していきます! 強制恋愛条例ですので、恋人届けが3ヶ月以内に出されない場合はこちらから強制的に相手を指定させてもらいます!』


「しばらくは、謝罪ラッシュが続くかな……まあ、最初から今に至るまで、茶番しかやってないわけだけど」

みずちが苦笑しながら言う。
続けて、端末を見せてきた。
「……ところで今、さっきからこそこそと連絡を取り合っていたカグヤから連絡が来た。学会幹部と見られる義手の男と接触したらしい」


「……義手の、男──」

何故だか、胸騒ぎがする。
幹部。義手の男。
それだけじゃないか、まだ、奴だとは決まっていない。なのになんだこの落ち着かない気持ちは。
_


 もしも、もしもその義手が『キムの手』だとしたら――!!
この暴動も『あいつら』が扇動してたのだろうか?
 カグヤの祖母のことも、もしかすると――椅子や俺たちのことを嗅ぎ付けて、情報を知るものを減らすために……?
ありえない話ではない。
だが、そうだとしても、カグヤに接触するのは何故だろう。俺達をかばったから?
カグヤに何かあるのか。それとも、学会への抗議活動が目をつけられているというのも有り得るし……

 黙り込んで居ると、せつのあの悲痛な声を思い出した。

――痛みだけでも!!痛みだけでも刻んでやる!!彼女のなかに!!私を刻んでやる!!!
痛みだけでも!!!私を見なさい!!忌ま忌ましい悪魔!!

 それは狂気だった。まるで彼女に成り代わることに生涯をかけているかのようにあまりにも強い執着。
孤独が彼女に与えたのは、それほどまでの虚無感だったのだろうか。
けれど、同情するほどにせつに、いや、アーチに関わることなど知る由もない。
そしておそらく、そのほうが良いのだろう。無駄な情は結局誰のためにもならないのだから。


「あ、そういえば、せつは」

「居なくなったよ。でも、たぶん、悪魔、を諦めていないと思う……」
ぼそっ、と呟いたのはみずちだった。
「悪魔の子――」
万本屋北香が続けて言う。そういえば彼女は悪魔の子、について何か知っている様子だった。
「なぁ、気になっていたんだが、悪魔の子のことを知っているのか? あれって、ほとんど表に情報が出ていない――」
「えぇ、知っている」
 万本屋は間髪入れずに答えた。外で、またけが人が出たらしい。近くの商店から、腹を抱えた男性が担架に乗せられて運ばれていくのが見える。パトカーが数台側をすり抜けていく。
「悪魔のことも、薬のことも。だって、私も抽選に応募したことがあるから」

「抽選……? 何を、言っている」
いきなり福引か何かの話題だろうか?
 ぽかんとしていると、警戒するように辺りを見渡しながら、万本屋は小声でこぼした。

「抽選は、希望者が多いときね。普通は、面接、そして採用」
だから、何の、と言おうとしたとき、彼女は周りを気にしながらも続きを話した。

「今は、あるか分からないけど、学会関係に、スパイ組織であるネオ・コピーキャットっていう会社があって私もそこの企業に応募したことがあるの。その、お金が欲しかったから」

「……」

「隣国を中心に集まった人々が、オーディションによって選ばれて、成り代わりの偽者として指導され、多くの著名人になっていった。悪魔の子の代わり、つまり時期の影武者――代理と言っていたっけ、それとして日本に送られる子も居た。
するのは勿論潜入と、情報操作。保険会社もそこの伝に過ぎない。
そのバイトのときに、聞いたのよ。あの家の子は代々悪魔が生まれるって」

「成る程な。密かに潜入して情報を操作し、首を切って成り代わると地位や名誉をリサイクルしていた……それが、本当の、クロだったのか」
脳裏に過ぎるのは、彼女、の家族だった。彼女の家族はクロによっておそらく成り代わり、居なくなったのだという。

「さぁ。一体化しているところもあるし。信じるかは貴方たち次第。」
万本屋北香は、ふうっと長いため息を吐いて言う。
「ただそのバイト、私は不合格だったんだけど」

「そうか……」

「演技にコケて成り代わりに失敗した私に、しばらく、恥をかかせないようにっていって、必死に人を動員して、評価を集めてくれたり、推薦署名を作ってくれた、採用担当の西尾さん達が……懐かしい。もういい私が悪かったから、成りすましなんかもともと向いてないんだから、って大泣きして断ったな。それでもしばらく万本屋北香の悪魔を推してくれていたんだけど」

今でも、せつになにかあれば万本屋に召集がかかるかもね、と彼女は朗らかに言う。アーチがやけに彼女のことにこだわっているのは体感した通りの事実だが、その会社としてはひとまず、彼女本人に成り代われさえすれば良いという部分もあるのか。

「でも、どうしてそんなことを教えてくれるんだ」

「……わからないの」

「え?」

万本屋は悲痛な笑顔を向けた。めぐめぐたちも黙っているが、聞き耳を立てているらしい。けれど、万本屋に視線が集中しないようにしているのか、背を向けて、車を背にモニターを眺めるようなしぐさを続けていた。
「もう、わからないの、あの場所がどこに向かおうとしているのか。学会は、恋愛総合化をいつしか盾にして、私欲に走るようになった。もう、私が知る頃の、あの学会じゃない……私を、みずちを、のけ者にした、あの日のクラスと、おんなじ……何もかもわからなくなってしまった。だったら、わずかにでも、自分の中の良心を問い直すしかない気がした」

みずちが少し離れたところから切なそうに彼女を見つめる。
「誰かを、想うことがいつからこんなに、崇高なものになってしまったんだろう……」
 恋愛を感情論だけで謳った世界が生んだ、彼女たちの劣等感や社会から隔絶されるような孤独。
それはほんのひとときの触れ合いで簡単に埋まるものではない。
 ある者は救済と理解を求め他者を殺害し続けた。ある者はすべての感情を投げ出し感情そのものを消した。何かを想う度に孤独な病に苦しみ続ける者も、自我を問われる苦しみから自ら命を絶った者もいる。今も、押し付けられる答えに苦しんでいる者もいる。本当に感情論だけで解決するようなものなら、両思いなどさほど重要ではないし、側にいる必要もない。番などと呼ばれる仕組みもそもそもさほど意味を持た無いだろう。

 アサヒが何か言おうとしていると、めぐめぐが近寄ってきて言った。
「あれ? 確か、あの人44街の神様は自分に近い孤独に触れられる者にしか心を開かない。『あの家』を、学会や街の連中が隠したのはその為だ。悪魔だなんて言って、掲示板や至るところにお触れを出してまで、って言ったじゃん?」

「……あの人?」

「あー、アサヒはあのときちょうど寝てたか……」

 めぐめぐはぽん、と手のひらを打って、カフェに居たときの話を簡単にした。
確かにそのときハクナの指揮の男が入ってきた、辺りまでは記憶にある。
コクったかとか聞かれたあと……確か、寝てたのか。
あの話って、なんのことだったんだろう。

「なるほどな――クロと、そのための、観察屋と、ハクナか。あの家に、代々昔から悪魔と呼ばせて張り付いている。なんとなく繋がりが見えてきた」

そこまで言ってから、すぐに、『彼女たち』のことを思い出す。

「おい! あいつらは……」

「だから、あの場所に居るままだってば」

めぐめぐがそのときの話とアサヒが倒れたことを改めて言う。
 そうだった、けれど、それって……
脳裏に浮かぶロボットは、どこか見覚えがあった。どこで見たものなのか、うまく思い出せないけれど、ずっと観察屋をしていた自分の記憶にあるってことは、おそらく学会関係の……雑誌か何かの撮影のときの記憶だろうか。
とにかくあんな兵器を、堂々と動かせるのは幹部クラスしかいない。なんとなく、だけれど、そんな気がする。
『キムの手』かはわからないが、義手の男はカグヤの方に居るとして――
他の、誰か幹部クラスの者が『彼女』に目を付けた? 冷静になって考えるととんでもなくまずい状況だ。
兵器、兵器……何かで見たぞ、何か……

「アサヒ、カグヤのところに行こう」

万本屋がぐいっと俺の腕を引こうとするのを振り払って、額に手を当てる。
「待ってくれ、もう少しで思い出せそうなんだ」
なんだっけ、なにか、やばいものだった気がする。

「そうだ、雑誌記者の南川の……」

 何年か前の雑誌のことを思い出す。
総合化学会は『呪いが出来上がる現象』を再現することに関心を持っている、というものだ。度重なる非人道的な実験を行い、現場再現をする装置を作っている噂があったのだ。
それで、全身にフィットさせて微弱な電磁波? みたいなのを発生させるスーツになるという話までは聞いた気がするが、それが完成するんだかしないんだかで、圧力がかかったのかぱったりと雑誌に載る話が途絶えていた。

(彼女達が心配だが、今の自分にはその再現空間?に入るすべがない……)

はっ、と顔を上げるときには、めぐめぐたちはさっさと車に乗り込んでいた。クラクションが鳴り、あわてて返事をした。
「今行くってば」


義手の男――!
 
 キムの手かどうか、確かめてやる。


(2021.0514.2215加筆)(投稿日2021/5/12 17:45 文字数4,742文字)



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