[通常モード] [URL送信]

あなたの月で在るがために
せんせい − 参 −
「遅い」

光が放ったその小さな言葉も、静まり返った演習場にはよく響きわたった。
彼らは何週もそこを走りながら、要所要所にある的に手裏剣を投げ、動く的はクナイで切りつける。
それを繰り返していた。

自分たちは出来る限りの全力疾走をしながら、彼の言いつけを守って足音を殺している。
しかもそのまま速度を落とすなだの、手裏剣を的から外すなだの、クナイでは一撃で沈めろだの、無理難題を吹っかけてきていた。
誰もが無理だと内心叫ぶ。
しかし彼もただ、スパルタをするだけではなかった。

何度か、彼らに手本を見せてくれる。
しかも、初めて会ったときのようなスピードではなく、自分たちでも目で捉えられるほどでだ。
その上、彼の出す指示やアドバイスは的確だった。

全体を見渡しているのかと思うほどに、入り乱れて走る生徒一人一人へと名指しでアドバイスを出す。
しかもそれが、自分でも気づかないほどに小さな癖であったりもした。
しかし彼らはアカデミー生。
そんな小さな癖など、彼の見間違いではないかとも思う。
その上、直せといわれて直すことなどできはしない。

けれど、彼らは従わざるを得なかった。
彼のアドバイスを克服できない場合、1分おきに頬を掠めるクナイ。
だらだらと血を流していても、走る事をやめてはならない。
そしてそのクナイは、回数を重ねるごとに徐々に脳天へと近づいていくのだ。
直さなければ死ぬ。
極限状態は彼らの潜在能力を引き出すには十分の状態だった。



「集合」

それは終わりの合図だろう。
現に、彼の出した動く的も音を立てて煙に消えた。

生徒たちはだるい体を引きずり、急いで彼の元へとかける。
集合に遅れようものなら、恐ろしい処罰が待っているのだから。

「本日はこれで終わりだ。この場で点呼をとり、解散とする」

生徒たちはぽかんと彼を見た。
それもそのはず。
いつもの彼から考えたら、今日の授業はあまりに短い。
いつもならこの後、場所を変えて、今度は術に関する勉強に移るはずなのに。

「どうした、早くしろ」

光にせかされ、生徒たちは順に声を上げる。
それを彼は聞き、手元の出欠表に記して行った。
すべてが終わったとき、彼はそれから顔を上げて微笑む。

「皆、良くやった。解散」
「はいっ!」

彼のこの笑顔。
そのために、あの苦しい授業に耐え抜いていると言っても過言ではない。

初めて彼の笑顔を見た日には、もっとがんばろうと誰もが自分を奮い立たせた。
初めの頃は、自分たちも彼の指導にまったくついていけてなかった。
だからこそ、彼は終始無表情でただ指示を出すだけだったのだ。

けれど、初めて彼のノルマを達成したとき。
彼は初めて柔らかに微笑んだのだ。
それには誰もが見惚れ、その笑顔を自分にも向けて欲しいと願った。

逆に、彼の最低限のラインにすら届かなかったときは、目すら向けてはくれない。
あの甘美なる笑みを得てしまった自分たちには、それは耐え難いことだった。
だからこそ、次もまた彼の合格ラインを超えねばと思う。

それが彼らの成長へとつながったのだった。
光先生の天然の、飴と鞭。

[*前へ][次へ#]

17/43ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!