君と、ヒーロー
「まーくん。」
「……」
「まーくん、怒ってるの?」
「………」
ぷいと顔を背けて椅子の上で体育座りをするまーくん。この前精市くんに会った時からずっとこの調子で、話しかけたり、まーくんの好きな焼き肉入りのお弁当を作ってきてみたりもしたけれど一向に機嫌を直してくれる気配がない。お弁当は嬉しそうに食べてくれたけど、これじゃあお手上げ状態だ。
「はぁ……ん?」
ふと引き出しに手を入れてみたら一通の手紙が入っていた。読んでみるとそれはいわゆるお呼び出しという内容で、覚悟はしていたけれどやっぱり緊張する。みんなきっと意外に思うだろうけれどこれが初めてじゃない。なんたって私の幼なじみはブンちゃんだ。彼がレギュラーになった日から少しの間、いじめ、というものにあったことだってある。あの時はブンちゃんが守ってくれたし、ブンちゃんには好きな人がいるってことでわかってもらえたから大事にはならなかった。だけど今回はブンちゃんじゃなくて、まーくんだ。友達に聞いた話だとまーくんのファンの人達はやたら過激らしい。そんな人達を私なんかが相手に出来る訳がない。なんてったって私は自他共に認めるヘタレだ。でも呼び出されてしまった以上行かなければ、後で何されるかわからないからね。
「…なまえちゃん、移動。」
まーくんのその言葉にはっとし、やっとまーくんが言葉を交わしてくれたのにも気づくことが出来なかった。
「あぁ、お腹が痛くなってきた…」
この扉を開ければ今日呼び出してきた人達がいるのだろうか。そう思うと気が重くなる一方だけど開けない訳にはいかない。
ギイ
ドアを開けるとそこには沢山の女の子達がいました。
「みょうじさんよく来たわね。」
「あ、はい。」
「今日来てもらったのは他でもないわ、仁王くんのことよ。」
「最近あなた仁王くんを追っかけているでしょう?仁王くんが迷惑がってるの分からないのかしら。」
「だからね、あなたには仁王くんから離れて欲しいのよ。それが仁王くんの為だわ。」
やっぱりと言うかなんというか、彼女達はみんな勘違いのしやすい性質なのかな。私は別にまーくんを追っかけまわしてる訳じゃないし(どちらかと言ったら彼の方から追っかけてくるしね)、いつも一緒に居る訳じゃない。お互いに大切な友達だっている。ただその大切な友達の中にまーくんも入っている、ということだけなのだ。
「あの、離れるなんて出来ません。まーくんは友達ですから。」
「友達?あはははっ面白いこと言うのね。あなたと仁王くんが友達な訳ないでしょ。」
「仁王くんとあなたなんかじゃ住む世界が違うの。あなたみたいに普通の女、仁王くんが相手する訳ないじゃない。」
彼女達が言っていることもわかる。私みたいに良く見たって普通の人がまーくんのような格好良くて、優しくて何でも出来る。そんな素敵な人と一緒に居れるような器じゃないってわかってる。でも、それでもまーくんは友達で、つり合うとか合わないとかじゃなくて、私が一緒に居たいだけなんだ。
「ごめんなさい、それでもやっぱり私は…」
「いい加減にしてちょうだい!」
バシンと思いっきり頬を叩かれる。爪が長かったのか、少し切れてしまったようで血も流れてきた。
「折角優しくお願いしたのになんなの!あんた邪魔なのよ、仁王くんの周りをうろうろふらついて!」
次々に罵声を浴びさせられる。私は別に彼女達の邪魔をしたい訳じゃないのに、ただ一緒に居たいだけなのに。それさえも彼女達を苦しめてしまうのかな。リーダー格の女の子がもう一度私を殴ろうと構えた瞬間、屋上のドアが勢いよく開いた。
「おい、てめーら何やってんだよぃ。」
「ま、丸井くん!これは…」
「はぁ…なかなか帰って来ねぇから来てみれば、なまえ。」
「な、にブンちゃん…」
「来るの遅くなって悪ぃな。」
ブンちゃんのその言葉に今まで我慢していた涙が溢れてきた。いつだってそう、ブンちゃんは私に何かあると一番に駆けつけてくれて助けてくれる。
「で、なまえがてめぇらに何したわけ?」
「その子最近、仁王くんにベタベタ媚び売って。」
「仁王くんが迷惑そうにしてたから注意してあげたのよ!」
「媚び?そんなもんなまえが売る訳ねぇだろ。大体なまえが仁王に媚び売る理由もねぇし。勘違いしてんじゃねぇ!」
彼女達はブンちゃんに怒鳴られたのが余程効いたのか、涙目になっていた。
「もういいよ、ブンちゃん。」
「なまえ…」
「あの子達だって悪気があった訳じゃない。ただまーくんが大切なだけなんだよ。だから、ねっ?私は無事なんだし、もういいじゃない。」
ブンちゃんはまだ文句有り気な風に私を見ていたけど、何も言わなかった。彼女達もごめんなさいと謝りながら走り去って行った。これで一件落着だと思った矢先。
「なまえちゃん。」
「まーくん!どうしたの?あっ、それよりやっと話してくれた!」
「その傷どうしたんじゃ。」
「えっ、これ?これは…えーと…たまたま、指で切っちゃったのよね、ブンちゃん。」
「お…おう、そうだぜぃ!ドジだよなぁこいつ。」
「ふーん…じゃああの走ってった女達は?」
「あれはな…えーと、あっ!俺ジャッカルに用があったんだよぃ。じ、じゃあまたな!」
「ちょ、ブンちゃん。」
逃げた、完全に逃げられた。助けてもらった身としてワガママは言えないけど逃げることないじゃない。まーくんはなかなか話さない私にじれたのかハンカチを取り出して頬から流れる血を拭いてくれる。
「あのね、まーくん。私、本当はあの子達に呼び出されたの。あっ!でもそんなにひどいことはされてないよ、ブンちゃんも助けてくれたし。」
言った途端、まーくんの様子が変わってしまった。
「いつもそうじゃ…」
「まーくん?」
「丸井にはかなわん。なまえちゃんとずっと一緒に居ったから仕方ないことやと思うけど…」
悔しいとまーくんは私に抱きつきながら苦しそうに言う。もしかして最近怒ってたのはこの事だったのかな。そんなこと気にすることないのに。確かにブンちゃんは私のこと一番に分かってくれてる、守ってくれる。だけど、まーくんだって分かってくれる、守ってくれようとしてるじゃない。
「私にとったらまーくんも大切な友達だよ。」
「なまえちゃん……とくべつ?」
あまりにも可愛い言い方に笑ってしまった。まーくんは笑ったのが気にくわなかったのか口を尖らせてそっぽを向いている。その仕草さえも可愛いということに彼は気づいていない。
「そうだね、特別かも。」
君と、ヒーロー
(仲直りしてくれる?)(おう)
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