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< 波音が聞こえるよ 23 >










「―――――今日は随分お疲れだな」







――――上からまったりと落ちてきた声に顔にかけていたタオルを拭って上半身を起こせば、日差しに慣れない目が密やかな痛みとともにゆっくりと焦点を結ぶ。





今日も朝からパラソルを差してその影に潜って休んでいた喬の目の前には昨日声をかけてきた真崎准(まさきじゅん)というサーファーが立っていた。


「飲みすぎた?」っというからかいの声を出す大人に苦笑いを返すと、胡坐をかいた喬の横に男が昨日のように腰を下ろす。


ぽたりぽたりと髪から海水を落としながら、真崎は穏やかな笑顔で笑っていた。








「―――――眠そう。おっさんたちを除け者にして昨日は若者3人だけで大いに盛り上がったな?」




話の内容は完全なる誤解だが、ボックスから冷えたボトルを掴んだ喬はそれを否定せずに手のものを隣の男に渡す。


礼を言って受け取った男は、キャップを外しながら、海に繰り出した喬の友人たちに視線を合わせていた。








「・・・・その割りに向こうの二人は元気そう。まぁ、秋はザルだから仕方ないか」






聞き捨てならない言葉に視線を上げた喬を振り返った真崎は気配を察したのか方眉をあげて「知らなかった?」っと笑う。


一頻り手に持ったミネラルウォーターを飲むと、はぁっと息を吐いて語るのだ。








「――――ビールは酒じゃないっていうのが秋の名言。魚の美味さを知ってる海生まれの九州男児はやっぱり日本酒か焼酎なんだな。味は美味いがビールじゃ酔えないって昔よく言ってたよ」






酒は強くないという言葉がやはり運転手のただの詭弁だったことを悟り、喬は海の波に挑む男の影を追う。


計らずも知った男の出身地に納得半分と反発半分だ。


それは『海の男=荒っぽい』という喬の偏見的なイメージと男が持つ都会的な雰囲気のせいだ。


ポロシャツを雑誌のように着こなす紳士さと高級四駆が齎すハイセンスさは都会育ちの匂いがする。







「・・・・まぁ、高校からこっちらしいけど。それでも、たまに出る強引さは九州男児って感じかな」





その言葉に昨夜安眠出来なかった理由に突き当たり、喬は「へー」っと相槌を打つも乾いた笑いを浮かべて海を見る。







―――――昨夜、夜の散歩に男二人で出かけた帰り道、二人の間に会話はなかった。





ただ黙々と宿に帰り、最低限の会話で順番に風呂に入り、ぎこちなく床に就いただけだ。


だが、もともと寝つきが良くなく、怪我のために体を動かしていない喬がそう簡単に眠りにつくことは出来なかった。






――――男子校出身の笠野喬には一般人よりも同性愛というものが身近だったが、かつて寛和正秋のような男に思いを寄せられたことはない。








言わばマイノリティと言える同性愛の中にも確実なマジョリティは存在する。





特に精力盛んな男子高校生が求めるとすればそのマジョリティは大きく二種類に分類されることが多い。


その心にあるのが儚さや可愛らしさに対する欲なのか、それとも男らしさや雄臭さを望む欲なのかという点だ。


もちろん、どちらにも女子がいないことへの一時の感情や処理しきれない性欲による一時凌ぎからそういった言動を取る者はおり、所謂本物と呼ばれる者も、たまたま好きなった相手が男だったという者もいた。


だが、そのどちらも相手に求める物で大まかに二種類に分かれていたのだ。






―――――儚さや可愛らしさという点で目を付けられることが多かった喬の綺麗めな友人に対して、喬はどちらかと言えば男らしさや雄臭さという意味で求められることが多い。



それでも、年に多くて一・二回程度で、体育会系の中で空手や柔道、ラグビー、アメフトなどの出来上がった肉体を持っている者たちとスリムな体の喬との差は歴然だ。


声がかかるにしても、押し倒すというよりも押し倒してほしいという思いからの告白が全てで、結果蓋を開ければ小柄で庇護欲をそそるような相手が目の前にいた。


だからこそ、本来女子が感じるだろう本当の意味では被食の立場は笠野喬にとって衝撃的で強い印象として頭を支配した。


特に綺麗め系の友人に恋慕していると思っていたその男からの告白は胸を突き、驚愕、羞恥、苦悩と緊張を齎したのだ。










「・・・・ま、とりあえず君は休んだ方がいい。今日は君たち3人は杏里に逃がしてもらえなそうだから」







ふんわりと笑って「水ありがとう」っとボトルを置いていく真崎の背を見送ると言葉から長い夜を察した喬はばったりとその場に倒れた。


見上げた先は馬鹿らしいほどカワフルなパラソルの中心だ。










―――――昨日衝撃的な言葉を口にした男は「考えてくれ」とも「返事がほしい」とも言葉を続けはしなかった。








それはつまり知覚だけを望み、何ら笠野喬に言動を期待するものではない。


だが、その熱情を知った今何かに背を押される気がするのも確かで、徹夜明けのぼんやりとした頭の中でさえ、思考は勝手に駆け巡るのだ。









―――――もう夏の潮風を浴びて心地良い沈黙に包まれたドライブは二度と巡っては来ない。








「――――――ちっ」








舌打ちして瞳を閉じた喬はそのささやかな楽しみを打ち砕かれた密やかな痛みを胸に抱いた。











ザァァァァァア。








――――その耳には絶えず波の音が届いたが、昨夜以降、意味を変えたその音に喬は考えることを放棄した。







高校時代、簡単に口から出たスマートな断りの文句は、昨夜笠野喬の口からとうとう最後まで出ることとはなかった。





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あきゅろす。
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