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< 蛇と獅子 >






――――まだ社会人成り立ての頃に贔屓にしていたそのBARに突然足を踏み入れる気になったのはただの気まぐれだった。



仕事一筋の毎日。


金はあっても時間はない。


――――そんな生活に疲れていたのだ。




否、ただ変化が欲しかっただけかもしれない。




――――変わりばえしない毎日にちょっとしたスパイスが・・・。






「――――お久しぶりです。いつものでよろしいですか?」




――――カウンターに腰を下ろした要は目を細めて頷いた。



数年ぶりに訪れたというのに顔を覚えているとはいい仕事ぶりである。しかし、相変わらずニコリともしない愛想のない店主に要は薄笑いを浮かべた。



――――変わっていないと。



もともと、他人に干渉されることを嫌う要はそこに引かれてここに通っていたのだ。


繁華街の路地裏にあるその小さなBARは、他からの干渉を嫌う要にはうってつけのその場所だった。




――――すっと目前に差し出されたカクテルグラス。



懐かしさにそっと触れそうになったその時。






――――不意に背後から小さな歓声が届いた。



どうやらカウンター後方、奥のテーブル席にはにぎやかな客人がいるらしい。


グラス片手に伺い見れば、数人の男たちがどっしりとソファー席を占領していた。





――――――十代。


精々いって二十代というところか。



青年たちは皆個性的で、服装や口調、雰囲気もそれぞれである。可愛らしい容姿、綺麗な青年、いわゆるハンサムやロッカー顔負けの男前。




――――十人十色な集団だと要は思った。



唯一、共通するといえば、皆一様に人を惹きつけることだろうか?



彼らの目は皆自信満ち溢れ、自分の行動に責任を持っていることが仕草や言動から窺い知れる。


今時珍しい確固たる自分を確立している存在たちと言い換えても良い。それゆえ、発展途上の人間にはひどく興味をそそる集団、そう言い換えるなら、憧れの存在と映ることだろう。


仕事柄か、つい人間を観察する癖を持つ要はふっと自分の職業病に気づいて小さく笑った。




―――そうして楽しそうな若者たちから視線を逸らす寸前、要は目を見張るのだ。





それはひどく正直な視線だった。



――――警戒心あらわな視線が、おまえはどんな人間かと問いかける。




不躾な視線に小さく失笑が漏れる。


――――男はソファのど真ん中を陣取り、仲間の騒ぎを許容して己は周囲を警戒している。その様子はまるで若い百獣の王さながらだ。おそらく集団の中心を担う男なのだろう。




誰をも恐れぬ不遜な態度。


対等を問う不躾な視線。


有無を言わせぬような強引さ。



――――おそらく縄張りに無断で踏み込む輩は彼によって真っ先に食い殺されるだろう。




そう、骨すら残されずに。





――――これほど危険な男も珍しい。



要は小さく息を吐いた。





―――もともと先に礼儀を欠いたのはこちらである。



無礼を無礼で返した男に、文句が言えるだろうか。


ゆっくりとグラスを掲げて、小さく微笑を返した。

すると案の定、時代遅れの黒の革ジャンをまるで当然のように着こなした獣は一瞬にして興味が薄れたように目を逸らすのだ。






――――所詮、世界が違う。



要は今度こそ視線を逸らしてカウンターに向き直った。


――――自分は可愛いらしいウサギやリスではない。まして、彼と同じ猛禽類でもない。


さしずめ、静に後から忍び寄り獲物を丸呑みにする“蛇”だろうか。



会社を縄張りにする蛇と、若い世代で縄張りを築く獅子とは相成れず。



――――人間として興味はあるが、わざわざ危険に足を踏み入れる者もいまい。



要は形の良い指でグラスを傾け、それっきり余分なことを頭から締め出した。





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あきゅろす。
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