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< 波音が聞こえるよ 17 >












「―――――あまりな。良く思われてない」







――――――苦笑1つとともに告げられたその一言は、普通本人に宣告するには躊躇するはずの言葉だ。



しかし、喫煙者でもないのにソファの隣に腰を下ろした男の言葉の裏を察せぬほど喬も子供ではない。









「―――――だろうさ」




白い紫煙を吐き出して、せめて苦笑して見せたのが男の示す優しさへの礼だ。







友人と連れ立って同じサーフショップに足を踏み入れ、同じ装備と同じ訓練を受けたが、その心まで同じとは限らない。


水が怖いなりに努力し、得られる知識を得ようとする貪欲さと周囲に溶け込もうとする前向きなその姿勢は明らかな友人との差だ。


その差が経験値が上の大人たちに気づかれないはずはないが、一客として許されるその態度も、仲間とすれば勝手が違う。






特に島に来てからの笠野喬の態度はより悪印象を増したはずだ。


集団の中で一度でも、親切心や好意を裏切る態度、自己中心的な態度が垣間見られれば、一瞬にして周囲に飛び火するのが日本人の集団心理なのだ。


特に個として違う価値観を持っていることは認めても、仲間として集まるなら同じ価値観のものがいいというのは大多数の人間の本音だろう。







実際、「大部屋だから今夜宿泊していけ」と通された部屋に喬が感じたのは疎外感の強い居心地の悪さで、特別、杏里という男から向けられる視線はビジネスの匂いが漂う冷たいそれだった。


だから、こうして頃合を見て一人だけの喫煙者を良いことに席を立ったのだ。







疎外感が嘘ではない証拠に部屋にも灰皿があるのを口にする者は誰もいなかった。


少しでも仲間意識を持たれていれば、禁煙者ばかりで悪い程度の一言がはあるか、窓際の喫煙を許されただろう。


覚悟の上での参戦であったため大して驚くこともなく、客室のある2階から1階までわざわざ足を運んだ喬はただ玄関に安っぽく置かれたスタンド式灰皿の前のソファに腰を下ろしていた。









「―――――サーフィンへの興味も人付き合いも『それなり』だな」








――――――ショップの大人たちよりもまず真っ先にその事実に気がついていたのは数回海を伴にした隣の男だったはずだ。







それでも今まではっきりとそう口にすることは無かった男が、このタイミングで初めて言葉にした意味は何なのか。



それなりに誤魔化してはいたが、見る人が見ればわかるその態度を男が故意に見逃しているのは綺麗な友人に寄せる邪な思いへの贖罪の意識だと認識していた。






だが、せっかく馴染みのショップに紹介して自分の時間まで削って世話を見るその本人にやる気がないのは教える側にとっては最悪に違いない。



そのやる気のない人間がせっかく紹介した仲間たちに酷い態度を取るようなら、紹介した側の人間が怒りを口にするか、嘆きを口にするかしても何ら不思議ではなかった。







―――――結果から言って、笠野喬は寛和正秋の顔を潰したのだ。














「―――――付き合いなんだろ?美置の」










――――――聞かれた言葉に否定はしない。




今更サーフィンに興味ありますと嘘をついたところで信じやしないし、その理由が変わったところで結果は変わりはしない。










「――――だったら、なんで今日は美置置いてった?」







少し苛立ちの滲む声が「怪我したんなら遠慮せずに言えよ」っと言葉を続ける。







一応託はしたが、礼儀としては確かに友人の二人のうちのどちらかに告げるべきだった。


特に隣の男は3人の中でもっとも海での経験があり、旅慣れしているその存在で、サーフィンに行くときには自然、男が保護者的に立ち位置に回るのが3人の定番だったのだ。


飼い犬に噛まれた気分にさすがに大人な寛容さを持つ男も怒りが湧いたことだろう。










「―――――わり」





一緒に過ごしたのはささやかな時間だが、面子に拘るほど小さなことしか見ない男ではないと直観する喬はそう一言口にした。


ただの気分だったと言葉にするには男の払った代償は大きく、何よりその空気が重く圧し掛かっていた。


どんな言葉を続けても後は言い訳にしかならないなら、口にしないの方が双方のためだ。










―――――トンッ。







伸ばした腕の先で煙草の先から灰が落ち、赤く燃える火種が見える。




その様子を見ていた喬は、ゆっくりと腕を引くとそのまま煙草を銜えて紫煙を大きく吐き出していた。



古めかしい少し色褪せた緑色のマットの上を這うようにして白い紫煙が落ちて行く。













「―――――仲良いよな。お前ら」





しばらくして、大きく息を吐いた男が漏らしたその言葉にちらつくのは呆れだったのか。



ただぽつりと落ちた言葉は即座に拾われることもなく、しばしの沈黙の中に余韻となって漂っていた。










―――――網戸の玄関から漂う蚊取り線香の匂いが笠野喬の鼻を突く。









その香りは懐かしい何かの記憶を呼び覚ますようだった。
















「・・・・オマエもアイツと仲良いだろ?」






長年の友人との関係を否定はしないが、友人が隣の男に憧れまた信頼しているのもまた事実だ。


同世代のじゃれ合いというよりは保護者と子供のような関係に近いそれではあるが。








―――――苦々しい顔するのはその関係に自覚がある証拠だろう。






目指しているのはそこではないとその表情が無言で語る。


大人の男にも見える精悍な横顔から喬はそっと目を逸らした。












「―――――そうゆう意味じゃないけどな」








返って来た言葉に重い物を感じたが、その後、何も告げはしなかった。



喬と幸一と仲の良さに妬く惨めな男たちの姿は散々経験があったが、信頼し始めた男の苦しむ姿を見たくはないとその時確かにそう思っていた。







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あきゅろす。
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