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< 波音が聞こえるよ 14 >










―――――――泣く、絡む、寝る。






この3パターンのカードを背に持つ喬の友人は完全に正体を失い、今はべったりと背後から張り付く甘えっ子の酔っ払いへと変身していた。


男とはいえ、寂しがり屋でボディタッチの好きな友人の本質を知らぬわけではない喬は不機嫌そうにするでもなく、ただ酔っ払いの好きなようにさせ銜え煙草から紫煙を昇らせる。


そうして、目の前に立つ大人から向けられる視線を面倒そうに見つめ返すのだ。











「―――――うちのもつぶれてっから、そいつと一緒に連れてぐぞ」








――――――嵐の前のように殊更静かで暗い心の内に目を細め、喬は砂に埋もれるようにして倒れているしょうもない大人の影を一瞥する。






あらかた筒花火も終わり、バーベキューも終盤とばかりに焼きそばを料理する煙が立ち込める中、その焼きそばを待てずにもうこれ以上はないという酔っ払いが二人出来上がっていたのだ。


無論、その酔い人の一人は喬の背にくっついているお調子者で、酒の量を未だ調整できない子供のような友人だ。


その現状を見かねて車を出すことを決めた大人が気遣いからの言葉を綴っていた。










線香花火の勝負の行方は現れたその子供にあっさりと中断され、仕方なく酔っ払いを引き摺る破目になった喬は、苦笑する男を伴って砂の上に横たわる流木に避難していた。



隣の男を含め、車出しの運転手は皆ウーロン茶で過ごしているのは目の傍に捉えていたが、まさか目の前に立つ大人が運転手に名乗りをあげているとは意外に尽きた。


警戒心もなくただ素直に思えばその申し出は手馴れた大人らしい気遣いと言えたが、アルコールが回ってさえも習性の抜け切れぬ喬は、一つ溜息を落として心を決めると顔を上げた。









「―――――ありがてぇっすけど、コイツ、酔ったらリバースすることあるんで。まぁ、宿も違うし、面倒かけるだけっすよ」






そう断りを口にはしたが、喬が歩いて連れて帰るには無理があるのは明らかなため、眉を寄せる杏里の表情を気づかないとでも言うように無視した喬は隣で状況を見守る男に視線を這わす。












「―――――わりぃけど、オマエの車で運んでくれね?」









―――――それは綺麗めな友人をずっと隣で見てきた笠野喬のかつてない賭けだった。







前門の虎、後門の狼とも思えるその状況下でくだした結論はまるで用意されていたように「聞くまでもないな」っという言葉とともにあっさりと快諾された。









チャリ。








――――やがてハーフパンツの横ポケットから車の鍵を取り出した男に喬の目の前から「そうか」という一言を残して杏里俊弥の姿が消えていった。






ゆっくりと背に張り付く酔っ払いの手を腰から剥がすと何やら喚く友人の肩に手を廻す。


不意に背に伸ばした腕に力強い他の腕が触れたことに気づいて視線をあげれば、友人の頭の向こう側に面倒見の良い男の顔が見えていた。














―――――四輪駆動まで二人係りで酔った人間を引き摺ると力任せに助手席にその体を押し込んで、はぁっと喬は大きく息を零す。




そのまま運転席に乗り込んで行く男が息すら乱していないことに気づけば、自然、舌打ちが出ていた。



だが、同時にドアを閉めようとした寸前、車内のランプに照らし出された運転手に思い出したように喬は一言添えるのだ。










「―――――コイツ、こうなったら寝るだけだから。まぁ、わりぃけど、頼むわ」








―――――バンッ。







告げるだけ告げ、ドアを閉めれば助手席側のガラス窓がすっと開き覗き込むようにして無言の視線が問う。



だから、笠野喬は苦笑を貼り付けて言葉を落とすのだ。










「――――あー、残って片付けすっから」








―――――酔って完全に正体のない相手をどうこうするような人間ではない。








精々、体を介抱して告白ぐらいが関の山だ。



いつ喬が戻るとも限らないのだから、そう酷いことは起きないはずだろう。







―――――知らずシリアスな表情になっているのは自身でもわかっていたが、手を放すことを決めたならば潔く実行しなければ意味がない。


さっと車に背を向けた喬は、そのまま車から離れるとバーベキューに屯す大人たちの影に向かって足早に近づく。








『勝ったら―――――』







その言葉の続きは聞くまでもない。







夏の一時が男を上げるというなら、ご多分に漏れず、そのチャンスは違う形で笠野喬の肩に降りかかって来ているのだ。








「――――ま、良い男になるにこしたことはねぇけどな」







――――やがて二台の車が暗闇に包まれた道路に赤いテールランプを残して消えていくのを嘲笑を浮かべた喬の視線が捉えていた。






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あきゅろす。
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