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< 波音が聞こえるよ 12 >
―――――海でのバーベキューと言えば、付き物は花火だが、浜の環境に気を使う紳士たちが、近所迷惑になる上、回収出来ないゴミを撒き散らすロケット花火などするはずはない。
「はい、次これ〜〜〜」
ボアと筒から溢れるような火の子が、柳の木のような形を作って砂の中に零れて行く。
ロケット花火やネズミ花火のような躍動感とは無縁だったが、それなりの夏の風物詩の演出には功をそうし、しっぽりとした大人の密やかな花火大会のようなそれが若さ押しの大学生と先を考える社会人の違いにすら思えた。
辺りを覆う煙幕には特有の火薬の匂いが混じり、漂う煙の中からお調子の者の喬の友人が短パン姿で「あちい、あちい」と踊り出す。
火の子が肌についたらしいその姿に缶ビール片手に適当な流木の上に腰を下ろしていた喬は呆れたように鼻を鳴らしていた。
―――――近くに転がる青いバケツには消火用の水が用意され、聞けば島の消防団や近所の大人には花火とバーベキューの了承は取っているとのことだった。
ここは島に訪れる海集い人の密かなバーベキュー場で片付けと事前の連絡、近所迷惑となる騒ぎさえ注意すれば島の人々も黙認してくれるという。
無論、アルコールや時間帯を考慮して参加者に未成年がいないことも前提条件のうちで一見さんお断りというのは暗黙の了解だ。
時折、車を止めて通りがかりの島人が近づいたり、見回り中の駐在が顔を見せるという場面もあったが、いずれも「火だけは注意してくれよ」という言葉とともに去っていく。
夜の海といえば補導や通報というイメージが強い都会人の喬や幸一はそんな彼らに目を見開き、その二人の新鮮な反応は常連のサーファーたちを大いに喜ばせていた。
考えれば外からの客が落としていく金はそれこそ島の貴重な収入源だ。
まして気心の知れた常連のサーファーたちは島を紹介する相手をきちんと選び、注意事項を伝えることも決して忘れない。
本当に海を愛する者たちはゴミを浜に置いていくことないし、まして島の者にかける迷惑については深慮する。
だからこそ、地元のサーファーたちもショップや常連の名を口に出せば島の海を貸してくれるのだ。
島の生活と環境へのマナーさえ守ってくれれば彼らにとっては歓迎すべき客だからだ。
――――島の市場で買った新鮮な魚介類や昼間釣り人から手に入れたという刺身に箸を伸ばす。
解ける油味と鮮度を忘れていない硬い触感は都会のスーパーでは手に入らない食材の新鮮さを齎した。
火薬の匂いに混じる焼けたアサリに気づき、喬は即席の灰皿となった残量を残す缶ビールに煙草を投げ入れる。
――――――ジュッ。
アルコールが入ると喫煙者は禁煙が難しい。
だが、海とスポーツを愛する男たちは皆、禁煙者が多く、中には「もう五年吸ってねぇな」と喬を見て苦笑する大人の姿もあった。
昨今の喫煙に対するイメージや流れからいってそれも仕方ないのだろうと内心苦笑いの喬は男たちと少し離れたその場所で紫煙を吹かしていた。
―――――友人と肩を並べて浜に着けばすでに準備は万端で、ショップのスタッフやその仲間たちが新たな仲間である二人を多いに歓迎してくれた。
「久しぶりだな」とワイルドに笑うリーダー格の杏里俊弥に促されるように男たちの枠に加わり、元気で明るい自己紹介を終えた幸一に続き、言葉少なく挨拶する喬を待って、置かれた複数のクーラーボックスから次々に缶ビールが現れた。
「カンパイ」という定番の掛け声と伴にプシュっという気前の良い音がそこらかしこで響き、初めての顔が混じることに気づいた杏里が簡単に集まったメンバの紹介を行なえば、ぎこちない出会いは酒の勢いを借りた盛り上がりに発展した。
そこからは、男たちの晩餐。並ぶ魚介類を豪快に網焼きにして酒のつまみとすれば、程なくしてどこから手に入れたのか、花火が盛大に火を噴いていた。
―――――年上の大人たちに囲まれようと『人見知り』という言葉とは無縁の幸一ははしゃぎ放題で限りが見えず、対して喬は慣れない敬語を使い分ける中、それでも食べたい物は遠慮なく食すマイペースさを発揮した。
「―――――美味いだろ?」
大人数に囲まれた途端、幸一の目付け役をあっさり杏里という大人に譲り渡した男は白い歯を光らせて喬の隣に影を作る。
イカ焼きを口に入れたまま、年甲斐もなく線香花火に目を奪われ、波打ち際にしゃがみこんでいた喬は「ああ」っと言葉に鳴らぬ声を漏らした。
その男の問いかけは幸一とは違い大人の集団にそれなりにしか絡まない喬を気遣っているのは明白で、ちらりと向けた男の手の中で揺れるウーロン茶にまた何とも言えない貸しを作った気にもなる。
もっとも、ショップで装備購入料やら登録料やらを払ったとはいえ、一客への扱いとは思えない大人たちの歓迎振りも諸手を挙げて気持ち良く受け入れる気にもなれはしない。
――――嬉しいかと問われれば嬉しいには違いないが、人間成したこと以上の礼が返ると狼狽と不審を湧く。
海の仲間が増えたことを単純に喜ぶにしては仰々しく、隣の男に対する気心からの知り合いサービスにしては杏里という男の二人の歓迎振りは尋常ではない。
特に幸一へのあたりを自然に目で追ってしまう喬にとって、底知れない杏里という男の親切心とこうして親しくもない喬まで気にかける隣の男の優しさが疑惑を生む。
ごくりとイカ焼きの残骸を喉の奥を通過させ、小さな溜息で底なしの警戒心を押しやると喬は火の落ちてしまった線香花火の成れの果てをぶらりと揺らした。
「――――――勝負すっか?」
――――――ニヤッと笑ってなんとなく口を出た言葉が初めて男に向けた歩み寄りの言葉だった。
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