Main < 波音が聞こえるよ 5 > ――――――いい波が多いのに加え、夏の暑さが厳しいこの時期、サーフィンといえば早朝の時間がもっとも最適だ。 マリンスポーツ以外に観光客など見られないため、島上陸初日となる今日は朝4時ごろから車を乗り付けて3人は浜に向かっていた。 しかし、所詮は丘サーファーで金槌の幸一といつまで経っても初心者同然の喬では、波に揉まれて体力を奪われることが多く、一日中海にいる根性はない。 中でも、波待ちまではこなせても、いい波が来た途端足を竦ませる幸一は波に飲まれて砂と戯れる率が非常に高い。 それゆえ、体力を削られ、音を上げることが多いのは3人の中で幸一が一番だった。 「やっぱ、昼間っからのビールって最高っ!!」 冷房の効いた部屋の畳に大の字に寝そべり、ひゃっほーと声をあげる幸一の足をおもむろに蹴りあげるが、「喬〜」とごろごろ足に縋りつく友人にただ小さく鼻を鳴らす。 卓袱台を挟んで喬の目の前に座るサーフィン好きの男は明らかに幸一を気遣って午前で海を撤収したのだ。 ―――――だが、その気遣いは能天気な友人には伝わってはいない。 全く成長しない幸一を懲りずにサーフィンに誘う男の意図は何なのか。 回る思考がどうであれ、二人だけで何度か海に出向いているのは事実で、それを聞いてしまえばこの旅行に着いていかねばと積極性の乏しい喬が珍しくその気になったのは確かだ。 そこには未だ掴めない目の前の男が一体どうゆう人物で何を考えているのか、一度知っておかなければという思いもあったからだ。 「・・・・・そういや、秋ちゃんさー。サークルの方よかったわけ?」 ―――――酒は強くないからと体育会系らしからぬ断りでビールを袖にした男は、ウーロン茶片手に大人な苦笑を浮かべていた。 夏場の、それも体を動かした後のビールが最高に美味いのは何も幸一だけの意見ではない。 一瞬曇った男の瞳をちらりと一瞥して、喬は会話を二人に任せ勢い良く缶ビールを乾いた喉に押し込んだ。 「―――――波に乗るより浜女漁りが好きらしい」 ――――校内の有名人が多いサーフィンサークルが飲み会と称してナンパを繰り返しているという巷の黒い噂はどうやら本当だったらしい。 それどころか女子からあまり良い噂を聞かないサークルに、喬ももし男が幸一を誘うようならそれなりに対応を考える覚悟をしていた。 確かに根っからのサーフィン好きからすれば、そのサークルとは粗利が会わないに違いない。 だからこそ、目の前の男はショップのスタッフたちとサーフィンに興じ、その雰囲気は仲間意識の強い連帯感のあるそれなのだ。 はーっと瞳を閉じて炭酸の爽やかさに喉を開放した喬は、反り返るように両腕を畳につけて天井を見上げた。 「―――――秋ちゃんってさー、どんな子タイプなの?」 ―――――健康な若い男が3人集まればすることなど決まっている。 長い間晒されていたと言わんばかりに日焼けした畳の感触を手で追いながら、木目の目立つ天井を見上げていた喬は、意図せず沈黙を助ける結果になった幸一の呑気な言葉に小さく喉の奥で笑うと目の前に視線を戻した。 なかなか大きな卓袱台も古い和室も180後半の体格の良いスポーツマンにはまるで小さく見える。 「―――――それ、行き成り聞くわけだ。ムードもへったくれもないな」 胡坐を掻いた男はウーロン茶片手に白い歯を見せて笑っていた。 芸能界入りなど一発だろうにスカウトなど一切拒否なのか。 胃にかっと燃えあがる熱さとくらっと来た心地よい酩酊感に誘われるまま瞳を閉じるとゆっくりと首を廻して何の気なしに呟いた。 「――――その面でナイーブとかねーだろ?」 ―――――まだ昼飯を食べていないからこそ、余計に回る酒が浮遊感を齎すが、拗ねた幸一の口調が現実へと笠野喬を連れ戻す。 「・・・つーか、喬がそれ言うな。釣れ放題の釣り人が」 釣れ放題は言いすぎだが、女子にそれなりにモテるという意味では否定はしない。 口から出任せの適当さと歯に衣を着せぬマイペースさを器用に使い分ける喬は何やら雰囲気があるらしく女らしい女には「男らしい」と見つめられ、さばさばした女には友人として大いに受けがよい。 ぷうと頬を膨らませビールを飲む幸一に喬は勝ち誇った笑みを浮かべた。 「――――いんだよ。俺は。適当で」 目の前の雑誌の表紙もかくやというスポーツ系イケメンに負けるのは仕方ないにしても、女子に『可愛い』やら『綺麗』やら評される幸一に負けることはない。 「・・・うわぁ、嫌な奴。でも、なんだかんだ喬も黄昏人じゃねーの?そうだろ、ナイーブ2」 がしっと小突かれた足にさらに嫌味な笑みを深めると、男にしては細い幸一の足首を乱暴に掴んでずーっと畳の上を引き摺る。 「―――――オマエも年中ぐずぐずの黄昏人だろうが、ナイーブ3」 ぎゃーっという悲鳴を無視し、必死に畳に両手をついて踏ん張る幸一の足を自分の大腿部にまで引き摺り乗せると喬はその足の裏をくすぐった。 長年の友人という立ち位置にいれば、弱点の1つや2つ手に取るようにわかっているのだ。 ――――――結局、「ギブギブ」と叫び出すまで幸一の足を掴んでいた喬は、最後に飽きたとばかりに他人の足を放り投げると卓袱台のビールに手を伸ばしていた。 「―――――美置相手だと遠慮ないな」 笑う男前に小さく肩をすくめて見せるとビールの残りを喉に流し込む。 ギンギンに冷えていたはずのビールは少しだけその効果を失っていたが、まだまだ一本目のそれは楽しめる域にある。 「―――――俺には喬が黒い羽の生えた悪魔にしか見えねーの、秋ちゃん」 そんな負け惜しみの声が耳に届いてはいたが、喬は気にせず冷たいビールに喉を鳴らした。 若干、じゃれあって体力を消耗した後のビールはさらに美味さを増していた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |