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< 波音が聞こえるよ 3 >
―――――寛和正秋は昔ラグビーをやっていたと言うだけ合ってその体格は群を抜いていた。
180後半だという身長は校内を歩いていても頭1つ分以上の差を見せ付けて均整の取れた体はモデルか何かのようで到底日本人に思えない。
赤茶髪のラウンドショートと甘めの顔が日に焼けた肌と相まって精悍なスポーツマンという印象を強く全面に押し出す。
男らしい胸板の厚さと首の太さが校内中の女子の目を惹き付けているのは誰の目からも明らかだった。
『――――喬、これが噂の秋ちゃん』
『美置、秋ちゃんってのマジ止めろ・・・あー、寛和正秋。よろしくな』
―――――笑顔1つで場の視線を奪う。
そんな男だからこそ、初めて合ったその時にまた厄介な物を連れてきたのかと喬は内心ため息を吐いていた。
「―――――マジこれがやりたかったのよ、喬君」
腰までのウェットスーツ姿で、3リットルのペットボトルを手にして幸一が冷えた水を頭のてっぺんからかけ流す。
ぼたぼたと垂れるそれは遊泳場として開放されているわけではない穴場でサーフィンをする際には欠かせないシャワー代わりだった。
完全にサーファーに憧れを抱ききった喬の友人は、はっきり言って形から入りすぎていたが、そのペットボトルがなければ宿まで海の砂利を運ぶことになる。
「――――オマエ、1人で全部使うなよ」
同じくウェットスーツを腰まで下げた状態で、潮でべとべとの肌を不快に思いながら喬は煙草の紫煙を吐き出し呆れたように呟いた。
無論、気持ち良さそうに水遊びをする友人にその声は聞こえてはいない。
―――――笠野喬の高校時代からの友人である美置幸一は少し線の細さが目立つ今時の綺麗め系だ。
だが、当の本人は無いものを求めるようにワイルド系や寛和正秋のような爽やかなスポーツ系に憧れを抱いている。
栗毛のマッシュショートも地の天パに押されてより甘めの印象しか与えはしないのに当の本人は自分の持ち物が不満でならないのだ。
特にサマースポーツをしても赤くなるだけで日に焼けない肌はどう努力しようがワイルド系にもスポーツ系にもなれはしないが、諦めの悪い友人は今もって『男らしい男』に憧れサーフィンをすればそれが叶うとでも思っているらしい。
そんな喬の友人にとって私立の男子校など線の細さと甘い印象をひたすら悪目立ちさせるだけでしかなかった。
お目めぱっちりのその顔立ちもいけないのだろう。
所謂、美少年とまではいかないが、160代という身長も相まって庇護欲をそそる喬の友人はかつて男子校で相当な人気を博した。
そして、その自由奔放で無邪気なお調子者は喬にとって憎めないトラブルメーカーでもあった。
「―――――やっべーよ、喬。全部使いきっちまったわ」
あっけらかんと言い放った幸一に喬はため息1つ吐くと大きく眉を寄せた。
ぽたりぽたりと大粒のしずくを太陽の日差しに光らせて、犬ようにぶるっと髪を振ったトラブルメーカーが明るい笑顔で笑っていた。
――――――その笑顔を守るために笠野喬が今までどれだけ苦労をしたのか、持ち主は知る由もない。
180後半の正秋までとはいかないが、170後半の身長で日本人らしいしなやかな肉体を持つ喬はTシャツだけでもそれなりに見栄えのする体格だ。
明るいマット系ミディアムカールで日焼けした肌の喬は、しかし、目が隠れるぎりぎりの長い前髪か、喬自身の雰囲気の問題か、あまり明る過ぎる印象は持たれない。
遊んでいるというよりも、達観しているという印象が強いせいか、高校時代から余り人が寄ってくるタイプでも、逆に寄るタイプでもないが、それなりに人の視線を集める人物であることは確かだった。
年中隣に立つ友人のあまりの無邪気さに怖い保護者のような印象が目立ったたのもその一因だ。
ぐっと口角の下がった唇は我の強さを表すようで、カールした髪の毛先から覗く瞳は長い前髪のせいで睨みあげるように向けられる。
特に不機嫌でもないのに「怒ってる?」っと聞かれることが多いのは喬自身自覚していたが、常にニヤニヤ笑うのも薄気味悪く、結局はその顔を気にしない相手を友人に選んでいた。
だが、そんな人が敬遠するような顔も、一時の青春か、それとも本気か、いずれにしろ綺麗な友人の意志を省みずに不埒な行動に出た輩には効果覿面だったことは言うまでもない。
当然、友人の周りに現れるそういった輩に喬は敏感になる習性が身についていた。
「・・・・・ってか、美置、それ全部使い切ったのかよ?」
背後から聞こえた低い声に喬は火をつけようとした二本目の煙草を唇に引っ掛けたまま、ゆっくりと振り返る。
困ったように頭に手をやった男が、海辺をバックにしてポスターか何かのように佇んでいた。
その苦笑気味の顔ですら、男らしいと映るのだからその顔の作りの良さは羨ましいこと限りない。
とはいえ、喬も自分の顔が中の上くらいであることはよくわかっていたが、所詮上の上と比べたところで勝敗の行方など明らかだった。
「―――――お、秋ちゃんラスト終わったの?・・・ってか、これで全部。わりぃ」
ボードを手にしたまま軽々ガードレールを乗り越える男に空のペットボトルの群を指差して、にかっと幸一が笑顔を向ける。
その顔を見て1つため息を吐いた男はボードを開けたままのトランクに立てかけると、慣れた手つきで1人ウェットスーツを腰まで下ろしていた。
その二人の様子を火の着いていない煙草を銜えたまま喬はのんびり見つめる。
―――――ラグビーと聞いて思わず眉を寄せてしまったのは偏見だという自覚はあった。
だが、体育会系にそういった輩が多いのは事実で結果、爽やかなイメージに反して女がよく入れ替わると噂の寛和正秋にも未だ警戒が拭えなかった。
―――――防水加工が施され、水で洗い流しもできる内装を持つ大きな黒塗りの四駆は本格的にサーフィンを愛する男のものだ。
即席シャワーを諦め、車内に砂が混じることを覚悟したのか、羨ましい上半身を晒した男が迷わず運転席に向かうのを見送って喬は煙草の先に火をつけた。
帰り支度をしなければいけないことは明白だが、煙草を吸わないスポーツマンの車内は明らかに禁煙だ。
ザァァァァァァ。
――――――波の音に耳を澄ませ、ガードレールに腰をかけたまま喬はじりじりと焼ける上半身を晒して紫煙を空に流していた。
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