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< 波音が聞こえるよ 2 >











――――――バンッッッ。







大学生にしては余に金のかかり過ぎた大きな四駆のトランクを開けて、念願のミネラルウォーターを取り出すと蓋を開けて顔に振りかける。


クーラーボックスであらかじめ冷やしていた水はひんやりと顔の輪郭に沿って流れ、その勢いに任せて手で砂利を落とすと、ようやく塩でからからの喉に水を押し込むことができた。











「――――――今日こそ死ぬかと思ったわ」







ほうと大きく息を吐き出した喬が大げさにそう語ると後を追ってきていた幸一は「俺も」と声を出して腹を抱える。


笑う友人と視線が合えば、カルガモの後をついていく雛のような自分たちの姿が思い浮かび、喬も自然声をあげて笑っていた。













―――――夏休みを利用してのサーフ旅行を最初に口に出したのは誰だったのか、笠野喬は覚えてはいない。








だだ、せっかくだから泊まりで遠出しようと同じ大学の友人3人で和気藹々と計画を立てたのは意外にも愉快だった。


とはいえ、男の3人旅行、女子のようなしっかり者がいるはずもなく計画という計画はない。


湘南や伊豆など観光客が大勢訪れる場所を除外し、海を愛する者たちが集うちょっと交通に不便な島を選べば、安めの民宿に目をつけて後は行き当たりばったりのぐだぐだ旅行だった。











―――――だが、その風の向くままの自由さも心地よい。













「――――――アイツ、まだ波乗ってんぞ」










空のペットボトルを車のゴミ箱に突っ込んで背中に手を伸ばした喬に、海を見つめていた幸一の手が後を向けと合図する。


そのまま背を向けてウェットスーツのジッパーを腰まで落としてもらえば風に当たる肌の開放感に思わず吐息が口を出ていた。


間もなく友人に背中を向けろと同様の合図を返し首根っこのジッパーを引き降ろす。










「―――――ま、アイツは俺らと違ってエリート様だからな」




現れた友人の背中に笑いを含ませてぼそりと呟けば、長年の友人は「ただのエリートの括りじゃねぇよ、あれ」としたり顔で笑っていた。













――――――旅行メンバの3人のうち、笠野喬と美置幸一はほぼ丘サーファー、それも全く上達を見せない初心者レベルだ。







幸一に至っては金槌のくせに女子にモテるというだけでサーフボードとウェットスーツを購入した頭の悪い人種だった。


もっとも、その友人と仲良く同じ装備を購入した喬も人のことは言えない。






唯一、本物と呼べるのは今頃海と戯れている男、寛和正秋(かんなまさあき)だ。


冬にまでドライスーツを着こんで遠出に出かけるというのは大学でも有名な話で、ボードを買うと騒いだ幸一を馴染みのショップに連れていったのもその正秋だった。


ショップの常連客というよりサーフィン仲間という連帯感が色濃く見える男に店に連れられると、誰にでも親しげにできる幸一とは打って変わって笠野喬には毎回居心地の悪さが付きまとう。






―――――それは寛和正秋と仲が良いかと問われれば微妙だという笠野喬の心にも起因していた。















「―――――素人が増えてきた。そろそろ上がるか?」






道路のコンクリートに大きな影を作って現れた男に刹那、返答出来なかったが、羨ましいほどの体格に恵まれた男と会話するのはお調子者の幸一の役目だ。










「――――喬も俺も波に揉まれて死亡中。まだ秋ちゃんはやっててもいーよ、俺ら適当に時間潰すし」








開けたままのトランクに腰を下ろした幸一が、冷えたミネラルウォーターを手で弄びながら呟くと意を問うその視線がやがて喬に向けられた。


小さく頷き返すと道路脇の白いガードレールに腰掛けたまま額を垂れる汗と海水を手の甲で拭う。












――――熱いのは太陽の日差しだけではなかった。










長年の友人である美置幸一がある日、連れてきた男、寛和正秋に喬は正直掴めなさを覚えている。



友人に選考専門講義で親しくなったという理由を告げられたところで見知らぬ男と喬の距離が縮む訳ではない。



まして大学でも目立つ人間たちが多いサーフィンサークルの主要なメンバの1人と聞けば、その存在感の華やかさに頷きはすれ、親しくなろうと思うはずもなかった。










「―――――じゃ、ラスト」







そう口にして立ち去る逞しい背中を喬の鋭い視線が追う。



蝉のうるさく鳴く声が耳の奥に木霊していたが、喬の頭にあるのはなぜこの3人で旅行する破目になったのかということだった。






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