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< 狸と熊2 >













「・・・・君は卑怯な大人だ」








―――――紺野真彦は自席の机に手をつくと、背中を追って来た卑劣な甘さに唇を噛んだ。



先ほどまでの怒りはあっさり消え、今頭を占めるのは背後に立つ男のことばかりだ。














「―――――今更だな」






当然のように呟かれた囁きは耳元で聞こえ、ぞくりとした首の感触に頭をあげた真彦の背中が途端に温かい身体に包まれる。



思わず天井の蛍光灯を見上げて口からはぽつりと言葉が落ちた。











「―――――宗助・・・」









掠れた声と比例して。







強まった腕の力に。









―――――紺野真彦は息を吐いて瞳を閉じた。








トクン。





トクン。






背中に感じる鼓動は。







――――何を呼び覚ますのか。













『―――――アイツが何も言わないんだ。"見てろ"ってことなんだろ』








今回の騒動を静に見守っていた背後の男が友人について語ったその言葉は密やかな痛みを真彦の心に残していった。



いつも男の横に立って嫌な笑みで笑う男は真彦にとって信用できないが信頼できる複雑怪奇な要注意人物なのだ。



この生徒会室に無くてはならない存在だが同時に追い出したい存在でもある。













『―――――ご心配おかけしまして』






もし笑うその視線の矛先が、背後にいる男に向けられていたならば紺野真彦は躊躇なくこの部屋から食えない狐を追い出す計画を立てただろう。
















「――――怒れば怒るほど、アイツを喜ばせるだけだぞ」









――――――低いその声に含まれた笑いに真彦も小さく笑い声を発てて喉を振るわせた。








甘いマスクと食えない言動、殊更囁くような誘惑で周りを引っ掻き回すタチの悪い男は確かにそうゆう人間だったのだ。




だからこそ、今回の顛末、新任教師の正体を口外しなかったに違いない。






一杯食わされた結果に怒りは湧くが。









―――――同時に腹の底から笑いたい気もする。












「―――――おまえを振り回すのは俺の役目だろ?」







囁かれたその言葉に目を見張った真彦はいつになく饒舌な恋人の肩に頭を預けて、小さく笑った。



背中から齎される暖かさは年中体の末端が冷えている真彦にはないその熱さだ。











「・・・・君が妬くのか?」





抱きしめられた腕に冷たいその手を乗せて、小さな呟きを零せば苦笑気味の言葉が返る。










「――――どんな大人でも妬心はあるからな」





あくまで『大人』という外界の評価を使う恋人に真彦は小さく鼻を鳴らす。










「―――――ならば、その妬心を見せてくれるわけだ」






狸という生き物はペアとなった相手が死ぬまで添い遂げる。



本来はライフルの音に驚いて気絶してしまうほど臆病な生き物で、それが逆に狸寝入りと誤解されるようになったのだという。



だが、繊細で小さなその生き物は同時に都心に住みつくほどの適応能力と大胆さを持ち、擬態に関しては狐に勝るとも言われる。









――――ふっと笑った真彦は腹に回った腕を解くと、くるりと背後の男を振り返った。





その表情に浮かぶ笑みは悪戯を思いついたような悪い微笑だ。










「―――――理事長の足を引っ掛けたのは私のためか?」





白い腕が当然のように背の高い男の首に回れば、穏やかな大人の表情で男が笑っていた。













「――――それ以外に答えがあるのか?」












―――――その後、室内に続いた言葉はない。











「・・・・んっ・・・・ぁ」










――――――パタンッ。









ただ開け放たれたままの生徒会室のドアが廊下から入り込んだ秋風に揺られて、口づける男たちのその姿を密閉していた。



End.

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