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< 恋花 8 >
――――――バタンッ!!!
乱雑に閉められたドアの音が寝室内に響き、ドアの向こうからは風紀委員長をなじる委員たちの声が薄らと聞こえていた。
しかし、ぼんやり声が聞こえてはいても、楓が感じるのは密室の空気と10cmと離れてはいない男の存在以外にはないのだ。
――――――その腕はまだ離されてはいない。
「・・・・・それで――――」
結論を急ぐように静寂の中、口を開こうとした楓は、反射的に風を切った音に思わず身を竦ませる。
――――――ダァァァァァァンッ!!!!
物凄い打撃音が部屋中に響き、壁がビリビリと振動する音が伝わっていた。
「――――あー。今マジ俺キレそうだから、オマエしゃべんな」
怒りを滲ませた一段と低い声が頭上から降ってきて、ワイシャツから覗く楓の首を撫でていく。
――――――そのゾクっと毛が逆立つような声に楓は思わず身を震わせた。
『おい、五条オマエまさか!!』
『五条さん、開けてくださいっ!!』
『長島は無事か?!おい!』
一瞬静まり返ったドアの向こうから一斉に風紀委員たちの声が聞こえたかと思えば、ガチャガチャとドアノブが回る。
しかし、苛立たしげに額に手を当てた男の声がそれを制した。
「うっせっ!!!」
――――――ダァァァァァァンッ!!!!
再び大きな打撃音が響くとやがて部屋の向こうからは何も聞こえなくなっていた。
そのままドアに左ひじをつけ、額を寄せた男はやがて右手に掴んだ楓の腕をぐっと引くと、流し目の射るような視線を向けた。
「―――――俺でいいんじゃねぇの?違うの?」
クールな外見に反して子供のように乱暴な怒りを見せる男に、楓は息を詰めて言葉を発することが出来なかった。
―――――やがて諦めたように大きく息を吐き出した男が独白のようにドアに向かって呟きを残す。
「―――――最初はさ。柄にもなくちょっと自惚れちまったよね、俺」
少し落ち着きを取り戻したのか、ドアから体を離すと男は楓に体を向けて、まっすぐとその瞳を覗きこんだ。
「けど、オマエが全然わかんねぇ。・・・俺でいいのかって聞いても逃げんし、なついてくんのかって思って待ってりゃ離れてくし」
関を切ったように話始めた男の体が徐々に近づいてくる。楓は反射的に腕を取られたまま後ろに下がっていた。
「せっかく声かけても俺をみねぇの。なのに、アイツに呼ばれりゃホイホイ顔見せやがって・・・」
はぁっと息を吐いた男がすっと冷たい眼差しで楓を睨みつけていた。
「―――――で、何、挙げ句の果て他の男とキスしたって言うから。もーさー・・・ほんと態度コロコロ変わってるようにしか見えねぇから、何なのって思ったよね」
―――――ぐっと力の籠もった腕に引き寄せられるが、楓はその腕を思わず引いた。
すると、むっとした男が押すようにして腕を離す。バランスを崩した楓の体が壁に当たり、壁に背をつけた形で楓は男を見上げる破目になった。
「―――俺いんのに1人で遊ぶわ、あの子庇って他の男に捕まるわ。馬鹿じゃん?なんで一緒に逃げねぇの?なんで俺に連絡しねぇの?なんでアイツなの?」
徐々にボルテージが上がって語尾を荒くした男は詰めるように楓を見て、一瞬黙りこむ。
そして、腕を振り上げた。
――――――ドンッ!!!!
「――――――アイツが好きなの?」
壁を殴り付けた男の真っすぐ射ぬくような視線が楓を静かに捉えていた。
□■□
ゴクリ。
目をそらせずに喉を鳴らした楓をどう思ったのか、大きく息を吐き出し、怒らせた肩を沈めた男は「あー、またやっちゃたわ」と米神を抑え天井を見上げるように顔を上に向ける。
だが、関を切ったような独白は止まることはない。
「・・・・大丈夫とか言いやがって風呂で1人泣くし、寝れてねぇし。全然大丈夫じゃねぇよね?で、また寄ってきちゃ離れてぐし、すぐ他の男とイチャつくし。小悪魔キャラでも狙ってんの?ねぇ、マジ俺キレっけど?」
男の勢いに押されて言葉も出せず、口を開こうとすれば男の睨みが再びきつく楓を突き刺した。
楓は照明に影となって近づく男をただただ茫然と見つめていた。
「―――――『頼まれたんですか?』え、何、頼まれなきゃ、オマエ送っちゃいけねぇの?一々オマエに近づくのにアイツの許可必要なの?オマエはアイツのもんなの?ねぇ」
――――――ドンッ!!!!
男の両腕が勢い良く壁を尽き、思わず首を竦め腰を折った楓は男に上から脅されるような姿勢になった。
「――――俺でいいんじゃねぇの?」
――――――怒りの炎を燃やす目がじっと楓を見つめていた。
「アイツなの?それとも他にまだいんの?ソイツが好き?」
――――――降り上げられた腕が空中で止まる。
楓は自分の心音の速さを聞きながら、ただ吸い込まれるように男の瞳を見つめていた。
『―――俺がオマエならアイツを選ぶけど?』
『アイツん家、金持ちだし。風紀副委員なら生徒会に見劣りしねぇし、後生大事に守ってもらえんじゃねぇの?』
どんなステータスを持つ男よりも。
どんなに恋愛の上級者よりも。
楓にとっては。
目の前にいる男が。
――――――もっともハードルが高い相手なのだ。
子供のように怒って、今までにない弾丸トークを繰り出し、乱暴に壁を叩かれても男が内心を初めて口にしたこの機会は楓にとっては喜びでしかない。
それがどうして本人には伝わらないのか。
――――――自分から触れたのも、自分から近づいたのも、まして「触っていいですか?」なんて恥ずかしいことを聞いたのも目の前の男が初めてだったというのに。
「・・・・あー、めんどーになった。もういい。聞きたくねぇわ」
口を開こうとした楓を拒否するように振り上げたを腕を下ろした男が面倒そうに呟く。
そのまま壁から離れて踵を返そうとする男に楓は一瞬怯んで唇を噛んだが、もう男の事情など構っていられなかった。
力の入っていない右手を掴んで、ぐっと引っ張れば、男は皮肉げに笑って楓を振り返る。
「・・・・何、俺の右手そんな好きなの?」
大きく頷いた楓に男は乾いた笑いをもらした。
「―――――そ。でも、やんねぇよ」
ぐっと引かれた手ごと男の胸にぶつかる。
それでも右手を離さず、じっと男を見上げた楓に男が目を細めて呟く。
「・・・・この手が欲しいなら、体ごと貰えよ。でなきゃ、やれねぇよ」
男の左手が右手から楓の手を外そうとするが、楓はその手を頑なに離さなかった。
男から舌打ちが零れるが、ただ楓は男の目を見つめて告げるだけなのだ。
「――――――だったら、俺に体ごとください」
――――――男は押し黙り、そして楓を突き飛ばした。
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