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< 恋花 7 >









「―――――生徒会室は部外者立ち入り禁止です」



昼時の誰もいない生徒会室をまるで謀ったように訪れた客人に楓は内心溜息を吐く。






「そうだね。だけど、生徒会長なんて年中人を連れ込んでいるんじゃないの?」




「そうだとしても。あなたの入室が許可されたことにはなりません」






――――美術部部長と文化部総裁を兼任する上級生は再び楓の前に姿を現すようになった。


以前から、前向きと言えばよいのか、しつこいと言えばいいのか、何度お断りの返事をしても定期的に訪れる節があるのだ。


仕事がら絡むことも多いためあまり邪険にすることはできないが、かといって限度というものもある。






―――――御昼時の生徒会室は楓だけの静かな憩いの時間だ。


恋人のいる親友は風紀室にランチに向かい、食堂を利用している生徒会役員たちも姿を見せることはない。


鍵のついた生徒会室は楓にとってうってつけの非難場所なのだ。


だが、相手が相手では締め出すわけにもいかず、結局ドアを開けてしまう楓が悪いということなのだろうか。







「――――これでも僕は文化部総裁なんだよ?部費の件でも文化祭の件でも理由はいくらでもつけられる」



その芸術的とも賞賛されるどこか繊細そうな美貌の男はどこ吹く風のマイペースを貫き通す。


正直、あまり慣れていない人間と密室で二人きりになるのは楓にとってあまり良い気分になれるものではなかった。


まっすぐ瞳を向けた楓は、今日で目の前の男にお別れを告げるつもりで口を開く。









「――――――好きな人がいます。先輩の申し出には応えられません」



はっきりとそう告げた楓は、しかし、芸術肌の個性的な思考に打ちのめされることになった。






「そうだと思ったよ。美しい君をますます輝かせるその憂いを作った人がいるんだろうからね。別に束縛するつもりはないから気にしないでくれ。まぁ、言うなればその心も含めて君って人間だからね」





「そうではなくて・・・」





思わず苦笑いをした楓だが、相手は全くに意に返さず、自分の要望だけを口にする。








「―――――わかった。恋人として付き合おうとは言わない。まずは友人同士から始めよう」







―――――長島楓は変な友人を持つ破目になったことにただただ溜息を落としていた。








□■□









――――――最近の長島楓はあまり運がない。




口から出るのは溜息で顔に張り付くのは定番になった苦笑という仮面だった。


想いを寄せる相手に無神経な一言をもらってから、気分が浮上しないのもその一因なのだろう。


あまり思い詰めるのもよくはないとは思うがこればかりはあっさり片付くものでもない。


精々週末に気分展開をするまでは、致し方ないと諦めるしかないのだ。









『――――――俺は逃げるなっと言ったはずだぞ、長島』





――――だからこそ、頻度の高い風紀委員長からの呼び出しに気のりはしない。







「・・・・逃げてはいませんが?」





電話口から届く風紀委員長の言葉を溜息混じりに否定してみても、相手は溜息の裏を察してはくれなかった。






『――――あまり周りを煽んな。オマエのために言ってんだぞ』





意味のわからぬ内容に眉を寄せて問い返せば、返ってきた言葉も意味不明だ。






『――――ちっ。世の中には一見大人しく見えて『獣』な男だっているんだ。この俺が手を焼くぐらいにな。こりゃ、オマエに手出した男どもがどうなったか、早いうちに知らせておくべきだったな。まぁ、何言っても後のまつ、・・・っ』






―――――電話口の向こうが急に賑やかさを増し、風紀委員長の声に交って委員たちの叫び声が聞こえていた。








『長島さんっ、来ないでくださいっ!!来ちゃダメですっ!!』



『来るな!長島っ!!』








『オマエら黙ってろっ!!・・・ったく、いいから、オマエは今すぐ来い』



全く要件も掴めぬまま、あっさり切れた電話に要は最後の5文字が風紀委員長の伝えたい内容かと結論づけて楓はしぶしぶリビングのソファから立ち上がった。








―――――リビングのテーブルには1度だけ訪れた男の置き土産が置かれている。






灰のついた空き缶を捨てられる日はくるだろうか。









―――――その答えは楓自身、欲していないのかもしれない。







□■□
















―――――二回目のノックをしようとしたその手は、内側からあっさりと開いたドアに必要性を失ってしまった。


現れた人物に一瞬楓は目を見開くが、相手は顔色一つ変えることなく、ぽつりと言葉を零す。









「―――――入んな」



どことなく不機嫌そうな男に驚きながら、挨拶をして部屋に足を踏み入れれば、男同様不景気な顔をした風紀委員長と不安そうに瞳を揺らす親友、そして後方に無念そうな顔の風紀委員たちが一斉に楓の方を向いて待っていた。


いつかの緊迫した雰囲気より、より緊張した空気感に楓はまたも何か厄災が降りかかる予感に小さくため息を吐く。


指定席のソファに座らずに、出入り口に立ったまま壁に凭れる男に一瞬ちらりと視線をやるが、そこから動く気はないようだった。







「楓、あの、今日、文化部総裁と一緒にランチ食べたってホント?すごい噂になってるけど・・・・」





「どうなってんだ、オマエ。きっちり断ったんじゃねぇのか?」







―――――矢継ぎ早の質問に要件が判明した楓はソファに腰をかけるとまるで小姑のような二人に困ったように笑う。


二人の後方から向けられる委員たちの目に気づかないをフリをして目の前の二人に視線を移して口を開いた。









「―――――ちょっと面倒なことになりまして・・・」




しかし、その楓の言葉は予期せぬところから投げられた攻撃に一蹴され、室内の温度が一気に冷える。











「―――――へー、面倒ね。単純に心変わりしただけじゃねぇの?」











―――――まさかの攻撃に一瞬呼吸が止まった。







まるで尻軽だと罵られているような物言いに瞳を閉じて屈辱に耐えては見るものの、あまり精神的に調子の良くはない楓は人当たりの良い生徒会庶務にしては珍しく拳を握って口答えした。












「――――今更何です」




挑発的なその一言に室内が一瞬にして凍ったと気づいても、もはや楓にその言葉を取り消す術はない。














―――――想いに見返りを求めてはいない。





散る桜のように恋も散ることがあるから、美しく大切なのだとそう思う。






それにあれだけ関心がないのだと告げられれば、潔く諦めろということなのだろうと察しはつく。



しかし、想い続けることは自由で、その大切だと思える想いを簡単に踏みにじられるのはもう男にでさえ耐えられなかった。









――――――大切なのだ。










穏やかな寝顔が。




珍しくもないタトゥ―が。




柔らかいその髪が。






面倒くさそうな仕草が。




だるそうな口調が。




目の前に伸びる影さえ。











――――――長島楓には大切なのだ。













「―――――人のモノになると知って惜しくなりましたか?」




淡々とした口調で出入り口を振り返れば、壁から体を離して不機嫌そうに男が舌打ちする。










「―――――ちっ」










初めて見た苛立つその姿さえ見れたことが嬉しいとそう告げる想いを侮辱されるぐらいなら。








――――――殴られても構わなかった。










「――――オマエ、ちょっと来な」




足早に近づく男が楓の腕を強引に取るが、楓は怯えることなく男を見返した。


静かにその場に立ち上がった楓に目を細め、男は難しい顔している風紀委員長に乱雑に言葉を告げる。








「正史、部屋借りんぞ」









「五条さん!!」


「おい、五条。長島を離せ」


「楓っ!!」






立ち上がり喚きだした委員たちを男は不機嫌そうに一瞥すると、寝室に向かって楓を連れて行く。


だが、場を沈めたのは「あー、うっせ」っとぼそりと呟いた男ではなく、溜息をついた風紀委員長だった。







「――――やめろ。オマエらもソイツが言っても聞かねぇの知ってんだろうが。長島、さっさと行け。ここで暴れられちゃ、こいつが怖がる」




一瞬足を止め、青白い顔した親友に目を奪われた楓は、しかし、すぐに強引なその腕に促されて寝室に連れ去られていた。









「―――――楓っ!!!」







だから、最後に聞こえた親友の悲鳴がなぜこの世の終わりのように切羽詰まっているのか長島楓は問うことができなかった。







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あきゅろす。
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