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< 恋花 6 >










「――――大丈夫なので1人にしてくれませんか?」







――――暗がりで近づいてきたその男が服を着るのを手伝ってくれたおかげか、風紀の人間にその醜態を晒すことはなかった。





ただそれに安堵出来たのは照明輝く光の中に出るまでの話だ。


語られない言葉と気づかわれる雰囲気に居た堪れず、連れて来られた風紀委員長の部屋である程度の取り調べに回答した楓はそう委員長に申し出ていた。








「―――――楓・・・」




心配げな親友の声に「大丈夫だ」と苦笑を返すが、その視線が哀しげだ。


しかし、今はその視線を安心させてやることはできないのだ。


もう数秒も待たずに1人になりたいと楓の心がそう騒いでいた。











「――――――ついててやれ」






―――――風紀室に残り、男達を取り調べしている副委員長や他の委員たちは部屋におらず、自然顔見知りと言えば、委員長の親友の男しかいはしない。


そこに否は言い出せず、無言で委員長に背を向けた楓に恋人を持つ年上の男の声が届く。











「――――――長島。助かった」






――――その一言は散々聞かれた『大丈夫か?』という言葉よりもずっと楓の心を癒していた。











静かに部屋を後にすればまだ通路は電灯がついていた。



一瞬暗がりを恐れた楓はそんな自身を叱咤して歩き出す。



その後ろを男が静かについて来ていた。














「―――――1人で大丈夫ですから帰ってもらってかまいません」





部屋の鍵を開けた楓は後ろに立つ男にそう伝えたが、男は動く気配はない。


無言で少し開けた玄関のドアに手にかける男に楓も抵抗せずに道を開けた。


男には男の事情がある。少なくとも責任感と良心のない男ではなかったのだから仕方ない。










「―――――自由にしていてください。・・・俺は風呂入ります」







――――楓の部屋にいる男はある意味そこにもっともいて欲しくはない男なのだ。



関心がないと知っていても男の良心に縋りついてしまいそうな自分が恐ろしい。














サ―――――――――――。









男が返答する間もなく、バスルームに入った楓は温かい湯で全身くまなく洗い終えた後、全てをリセットするようにシャワーを水に変えた。






そして、バスタブに座り。















――――――ただ泣いた。










屈辱も恐怖も安堵も全て。








今この時。









―――――水に流そうと決めたのだ。











泣くのは一回。









―――――今だけを自分に許した。











「・・・・・っ・・・・」












□■□













「――――寝れねぇの?」





深夜だというのに明かりをつけたままのリビングでソファに寝そべっていた男は瞳を閉じたままそう呟く。


「寝ます」そう呟いて寝室に籠もってから4時間。


その言葉が1人になるための大義名分だと楓も男も知っているのだろう。


だが、定期的にトイレに立つ楓に男が声をかけたのは初めてのことだった。








――――楓は男の問に応えず、ただ瞳を閉じたままの男を見つめた。


その無言の返答こそがそうだと答えたことになると知っていても自虐的に笑うしかない自分がいる。


結局、齎される男の良心を心の奥底で望んでしまうのを最後まで拒否できないのだろう。


そんな自分を誤魔化すように楓は口を開く。







「―――――手・・・見せてくれませんか?」




男はその言葉に目を開けて、ゆっくりとソファに置き上がった。


問う視線を無視して要点だけを伝える。







「―――――右手を・・・・」



不思議そうに右手を上げて見せる男の傍に楓はゆっくりと近づいた。




顔や姿を見たら辛うじて繋がっている理性が切れてしまいそうで。











―――――だから、その有刺鉄線だけを見ていたかった。









「触って、いいですか?」




男が小さく了承を呟くのを確認して右手の指先を握れば指の付け根にある有刺鉄線のタトゥ―が楓の目の前に綺麗に揃う。


『666』という数字が鉄線の前に書かれていたが、その意味は楓にはわからない。


ただじっとそれを見つめる楓に男が静かに問いかけた。







「―――――タトゥーそんな好き?」



小さく頷く楓に男は首を傾げたように呟いく。






「有刺鉄線なんて珍しくもねぇよ?」





――――楓は曖昧に笑うとただ意味のわからない『666』という数字が今日から特別になったことを知った。











結局、ずっと手を握っているわけにもいかず、礼を言って手を離した楓は、キッチンから空き缶に水を入れて持ってくると男にそっと差し出す。






「―――――煙草、吸ってもらって大丈夫ですから」



男は頷くと立ち去ろうとした楓に声をかけた。







「一本付き合う?」







―――――楓はしばらく男を見つめて静かにリビングに止まると再びソファの下に腰を下ろす。


やがて、カチンという音とともに好きではなかったはずのその煙草の匂いが部屋に漂い始めていた。









「――――窓は?」






その言葉に開ける必要はないと無言で首を降れば、男はもう語ることはしなかった。




手持ち無沙汰にテレビをつけた楓は、結局そのまま男と二人でテレビの音を聞きながら朝を迎えることになった。








□■□








―――――風紀の早急な対応のおかげか、例の男たちは退学処分となり、つつがなく二週間が過ぎた。


暗闇に人影が動く様子には未だ恐怖を感じる瞬間はあるものの、昼間はたいして変わりなく過ごすことが出来ている。


無論、男との関係も変わることはなかったが、風紀委員長である宮部が男や風紀を楓に差し向けることはわりと多くなっていた。


事件の罪悪感からか、それとも宮部と言う年上の男の本体の面倒見の良さなのか。


どちらかと言えば後者なのだろうと楓は想う。

宮部という男の広い胸には風紀や親友、恋人と言ったたくさんの人や物が埋まっているが、その中にとうとう長島楓も含まれるようになったというところだろう。


事件後、風紀室に1人呼び出された楓は宮部にファンクラブを護衛に使えと忠告を受けたが、それでは息が詰まって部屋に籠もりたくなると告げれば宮部はただ「オマエなー」と不機嫌そうに唸るだけだった。









「――――また頼まれたんですか?」




呼び出された日の帰りは隣に座る男が部屋まで送ってくれることが多い。


しかし、問うた質問に答えが返ってくることがないのを知っている楓はただ「大変ですね」と呟き、御礼を告げることにしている。





―――そのまま苦笑で歩き出した楓は何気なく呟いた。







「あの人かなり過保護ですね」





「あー、あの子とオマエにはそうらしいけど?」







―――――男はいつも楓の隣を歩かない。





少し後ろをのんびりと歩くか、先を行くかのどちらかだ。


分かりやすいことに『送る』その時は後ろを歩く。


それが哀しいのだと告げはしない。


顔の表情を見られないことがある意味では救いでもあったからだ。







「――――やっぱりそうなんですね」





男と会話をするコツは風紀委員長を話題に出すことだ。


考えてみれば当然だが、その話題の時にだけ男は話をしてくれる。


だから、今日もそうして会話が続くと少しだけ明るく笑っていたのだが、次に男の口から出た言葉に楓は足を止めた。








「――――アイツはオススメしねぇよ?」







―――――何でもないように言われたその言葉が胸を刺す。








「・・・・どうゆう意味ですか?」





長島楓という人間が男の目にどのように映っているのか恐ろしくなった。


やっと普通の先輩と後輩らしい会話が出来たと思った矢先に切り捨てられる。










―――――なぜそんなにも男の言葉は残酷なのか。





しかし、男は楓の問いに答えず、ただ立ち止まったままの楓を追い抜いて行った。






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