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< 恋花 2 >













「あ、楓、こっちこっち」







「―――――おい、誰か長島に飲み物持ってこい」








―――――嫉妬深い年上はどうやったら恋人を独占できるか、きっちりその賢い頭で考えているのだろう。



結果、楓は問答無用で風紀委員長の手中に納まらざるを得なくなり、風紀委員一同のたまり場に親友ともども呼び出されるようになったのだ。











「―――――お邪魔します」





――――広々とした風紀委員長の部屋に内心溜息をつきながら足を踏み入れた楓は、先に集まっていた人間たちに目で挨拶するとすでに指定席となったソファに腰を下ろす。






もはや、風紀委員長の宮部にとっては大事な恋人を守る番人、否、必須アイテムとして、長島楓という存在があるのは明確だった。


二人掛けのソファは常にカップルが独占し、余った2つの一人掛けソファは委員長の親友と楓の指定席だ。


そして、少し離れた場所で床に腰を下ろすのが、同じく委員長の親友、風紀副委員長と委員たちだった。









「―――――どうぞ、長島さん」





風紀委員長が元不良か現不良かは知らないが、部屋に集まった人間が皆それなりに目立つ派手さがあるのは事実で、まして上下関係が明確なその雰囲気は行き過ぎなほどの体育会系だ。


だからこそ、風紀委員全体が不良団体であるという噂を否定することもできなければ、喧嘩をしている様子を見たことがない楓は逆に肯定することもできなかった。


もっとも、これだけ張りつめたような空気の中にあって潔くすっぱりと夕日と楓だけが、その序列から除外されているのだから、例え部屋に集まった人間だちが不良の集まりだろうと二人の前では血なまぐさい喧嘩や驚くような乱暴さを見せる気はないのだろう。








――――なぜなら、それがこの集団のトップである風紀委員長の意志だからに他ならない。











「――――――へー。そうなのか、長島?」




委員の一人からウーロン茶を受け取て口をつけていた楓は、宮部のその鋭い眼差しに静かに頷き返すと自然な形で夕日の話を促す。





こうして宮部が楓を部屋に呼び出す理由は三つ。


楓がその場にいれば、可愛い恋人が友達と遊びたいと騒ぐことはないし、昼間の恋人の様子を楓に確認することもできる。


ついでに恋人を守れとプレッシャーもかけられるというわけだ。


もちろん、そのご褒美が体育会系の序列から除外されるという特別待遇なのだろう。








「あのね、今日は楓と・・・・・・」







――――――年上の男の意図も知らず、今日の学園での出来事を楽しそうに口する親友を楓は静かに見守った。




男の警戒心と独占欲には頭が下がるほどだが、それに気付かず幸せそうに笑う親友の鈍感さもある意味で感嘆の域である。


楓は思わず目の前のカップルを見つめて小さく口元を綻ばせた。







――――恋人を守れと言われずとも親友を大切に思っている。


少々面倒ではあるもののこうして呼び出されることを嫌がっているわけではない。











――――まして楓にはもう一つ、この部屋を訪れる理由がある。










□■□
















「――――――っ」







――――テーブルに置いたウーロン茶を取ろうとしたその腕が隣の男の肌に触れる。


瞬間、心臓が早打ちにし始めた楓は、努めて顔色を変えぬまま普通の呼吸を意識して繰り返した。


緊張からうっすら汗を掻いても、どうせ隣の男もまして目の前のカップルも気づきはしないだろう。









―――――――風紀委員でもない。役職でもない。容姿もずば抜けて良い訳でもない。


今までどこかであったこともなければ、噂を聞いたこともない。


ただの『風紀委員長の親友』それ以上でもそれ以下でもない男を気づいたら意識していた。











『―――――長島だ。生徒会の庶務、それぐらい知ってんだろ?』





初めて紹介された時、ただ「さぁ」っと欠伸をしながら適等に「よろしく」と呟いた男、五条蒼士(ごじょうあおし)はその後も楓に積極的に話かけることはなかった。


取り立てて生徒会役員や風紀委員長ほどの容姿でもないその男は、二枚目というよりは淡白な顔に黒髪のモードショートで首から同色のチョ―カ―を下げていた。


指に嵌められた指輪やピアス、高身長のその背を含め、全体的に纏う雰囲気は高校生にしてはクールな印象で、何か吸い込まれるようなそんな魅力があった。


例えるなら風紀委員長が獅子で、その隣に立つ男は黒豹だろうか。








「―――――おい、オマエ、ここで寝んじゃねぇよ」





「・・・あ?別にいーだろ?」






始めは口も開かぬようなクールな男かと思っていたが、会う回数を重ねるたびに印象は変わる。


口数はやはりそれほど多くはなく、いつもだるそうに欠伸をしてはいるものの、空気を遮断しない程度には目の前のカップルを茶化して、後はマイスペースをきっちり確保するバランスの良さだった。


だが、一見安全圏に見えて、その実、不用意に射程距離内に入れば一瞬で噛み殺されるのではないかっと言う鋭さも時折見え隠れすることに楓は本能的に気づいていた。








「・・・ったく、オマエは俺の話を聞きやしねぇ」




実際、風紀委員長のその扱いが他の者たちとは違うのだ。


支配や力の誇示を見せず、興味深げに男の自由さを尊重している。


当初は親友ともなればやはり扱いは違うのだろうとも思ったが、そうであれば同じく親友の風紀副委員長も然るべきのはずだ。


だが、実際副委員長に対してはどちらかというと腹心という面が強く押し出されていたのだ。







「―――――なんで聞かなきゃいけねぇの?」




――――その自由を享受するのが当然という男はただ楓にとって不思議で、そして言い尽くせぬ何かを齎す男だった。








□■□











――――――取り立てて、二人の間に光が弾けて何かが始まるようなそんな出来事があったわけではない。



ただ風紀委員長の部屋に呼ばれた日に運が良ければ、隣のソファに座るそうゆう関係が日々続いていただけだ。














「――――――っ」






いつもと変わらず、親友カップルの話を聞きながす。


違ったのはただ楓の二の腕に眠る男の頭がゆっくりと落ちてきたことだけだった。


思った以上に柔らかいその髪が半袖のワイシャツから出た肌に直接触れた時、胸の高鳴りとともに楓は確かに思った。













男が目覚めるその時まで。








――――――このままで、と。












「―――――ったく、おい。オマエ、長島が困ってるだろうが」



眠った男を蹴り起す風紀委員長に苦笑を浮かべた時、長島楓は誤魔化しようもない心を自覚した。










隣の男がただ。







―――――愛しかった。














「――――――風紀に入れっと言ったんだが、アイツは昔から俺の言うこと聞きやしねぇ。面倒なだけだってばっさり切りやがって。ま、もともとそうゆう奴だから、俺も気にしてねぇがな」





遅れてくるっという男はその日未だ部屋には現れず、隣のソファは空いたままだ。


背中に目がなくとも意識だけが男の存在を探すのを楓はもはや止めることができない。


突然、親友について語り出した風紀委員長の腕の中では楓の親友が安らかな眠りについていた。









「―――――アイツが気になるか?長島」




他の者には聞こえない程度のその声は、しかし、確かな重みとなって楓の心に伸しかかる。


すっと向けた視線の先で笑う年上の男がいた。








「オマエは頭がいい。勉強のこと言ってるじゃねぇ、賢いって意味だ。だからこそ、俺はオマエをそれなりに気にいってるし、コイツを任せるほどには信頼してる」






―――――そう語る風紀委員長はどこまで行っても結局『年上の男』、その一言に尽きる。


出さないように気をつけていたところで、楓の無意識の視線の矛先になどすぐに気づいたのかもしれない。








「いいことを教えてやる。アイツは昼間はいつも屋上でサボってるんだぜ?・・・気になるなら、まぁ、行ってみろ」








―――――長島楓はただ敵わぬ社会の先輩に苦笑するしかなかった。






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