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< 恋花 1 >













「―――――なんで俺?」









――――青空の下に零されたその言葉は、容赦なく長島楓(ながしまかえで)の心を突き刺し、背を向けるその男から拒絶の色すら感じさせる。


喉元が閉まり、両腕にぞわりと寒気が走るの止める術はなく、楓ではただ屋上のコンクリートに動かぬ影を作り出した。










「気づいてっかどうかは知んねぇけど、アイツら皆、オマエが一番狙い。なのになんで俺なの?」








サァァァァァァ。







―――――心の防壁すら意味の無いものに変える言葉は清々しいはずの風さえあっさり虚しいものに塗り替えていた。











恋は想うだけでは叶わない。







けれど、動いたところで。












「――――わかんねぇよ、オマエ」










―――――叶うとも限らない。












□■□









金持ち、容姿、役職、成績、スポーツ。いずれかのステータスのある者しか恋をする資格がないのなら、そうなのだと公に明確化すればいい。


誰しもに恋をするチャンスがあると言いながら、特定の者たちにだけ許された特権階級の嗜好品なのだと見えない線を引くのは残酷な世界以外の何なのだろうか。











―――――境界線の向こうにいる人を想った。








だが、なぜその線を飛び越えてはいけないのか、長島楓にはわからない。


ただ明確な見えない線がそこに横たわり、相手にはその線を越える気がないのだということだけは分かっていた。














「―――――長島、明日の打ち合わせだが・・・・・」





声をかけられた楓は溌剌と返事をし、美麗な笑顔でこの学園の生徒会長を振り返る。


明瞭な意見で打ち合わせの要点をブラッシュアップし、間もなく会長の相談毎を解決するが、それを過剰に誇ることなく、生徒会の仕事を消化する生徒会長を労った。


その様子は優秀で人当たりのいい生徒会庶務のいつもの姿だった。





平均を少し上回る身長に茶髪のバンクショート、アーモンド形のブラウンの瞳とすっと伸びた鼻に、少し薄い唇は上向きで悪戯好きの猫のような印象を抱かせる。


だが、実際は波風を立てず冷静で礼儀正しい生徒会庶務、それが長島楓だ。









―――――人気者という言葉に語弊はあるが、少なくとも知名度という意味では一般の生徒よりは高い自覚は楓にもある。


人気投票で押し付けられたとはいえ、生徒会の役職についているのだ。顔を売る機会は格段に多い。






「あなたのファンです」そう教室を訪れる者への扱いに困り、「おやつに」と手づくりの菓子を差し出されるようにまでなった頃には朝食や昼食は生徒会室で取るようになっていた。


数の増える手紙に差し障りのない程度に返事を書き、廊下で声をかけてくる生徒に適等に笑顔を振りまく。


放課後は生徒会の仕事をこなし、後は空いた時間で勉学に力を入れるだけだった。











―――――そんな毎日が長く続くと思っていたのだ。









□■□









生徒会に入ってから、クラスメートとの距離はみるみるうちに離れ、逆にぐっと縮まったのは生徒会の役員たちとの関係だろう。


特に純朴で謙虚な生徒会書記、今井夕日(いまいゆうひ)は唯一の親友と呼べるほどの間柄だ。


淡い茶色の髪はパーマのかかったウルフショートで色白で可愛らしい顔をより一層愛らしい印象に変える。


楓とは違い丸っこいその目はきょろきょろと動いてまさに女の子が悲鳴をあげて可愛がりそうなそんな少年だった。









『―――――楓さ、僕、実は・・・・・・』




その親友に男の恋人がいることを知らされたのはつい数か月前で、驚くべきことにその相手はこの学園でも有名な風紀委員の委員長だった。


始めは驚愕していた楓だが、嬉しそうに笑う親友を見れば幸せのお裾分けをもらったような優しい気分になることが出来た。







―――――まさか、その親友の恋が楓の日常を変えて行くことになるとはその時思いもしなかったのだ。











『――――――ごめん、楓、ちょっと放課後、風紀室に付き合ってくれる?』





ある日、そう風紀室に呼び出された楓は、頼りになると噂の風紀委員長の本性を知ることになる。


何事かと身構えた楓を待っていたのは、何てことはない必死に謝る親友の隣で当然のように存在を主張する年上の男だった。











『・・・僕の友達に会いたいってきかなくて・・・』





――――どこかイタリアを感じさせる緩やかな髪の流れがブルーブラックの大人ショートを作り出し、経験知を物語るその端正な顔には大人の威厳のようなものが感じられた。


だが、そんな泣く子も黙る風紀委員長、宮部正史(みやべせいし)とてただの男。その独占欲と支配欲は類を見ない強さだった。










『―――――コイツ、携帯に出ねぇことがあるからな』



当然のように携帯のアドレス交換を要求する年上にもはや苦笑しか返せない。









『―――――ごめんね。先輩抜きで遊ぶときは楓がいるって言わないと信用してもらえないんだ。しかも、写真を毎回送らなきゃいけなくて・・・撮ってもいい?』







―――――風紀室での面接はどうやら合格だったらしいが、その結果が年下の恋人を案ずる男の心に火でもつけたのだろうか。










『・・・・あの、その、楓と話たいって、電話出てもらっていい?』




宮部から必要以上の信頼を得た結果、楓が親友の恋に実しやかに巻き込まれ始めたのはこの時期からだ。


定時報告を恋人に義務付け、第三者の楓にまで恋人の状況を確認するほど異常な独占欲を見せる男にもはや微笑ましいとすら思えない。


だが、尽くすタイプの親友を思えば選んだ相手が間違ってるとも言えず、結局蓼食う虫も好き好きという言葉に落ち着くしかないのだ。






『―――――長島です』




親しくもない風紀委員長との会話が格段に増えてしまった楓は、全面的に親友の恋に協力する以外に道はない。


その迷惑な年上の独占欲がどうやら底なしらしいと気が付いたの時には逃げ道は既に絶たれていた。





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あきゅろす。
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