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< リベンジ 3 >











―――――和田勉は考えた。




考えに考えて目の下に大きな隈を作るほどにそれはもう毎晩一生懸命に考えたのだ。












「―――――ツン君さ〜、今日の小テストどうだった?」








――――無論、公衆の面前で堂々と繋がれたこの手をどうやったら振りほどけるかということをである。










最近、勉の下駄箱には『死ね』『別れろ』などという猛烈な愛の手紙がたくさん詰まっている。



開けばわっさぁーっと流れ出るそれらの怒涛の愛を勉は無言で受け止めることにした。



なぜなら、猛烈アタック気味のもはや行き過ぎて『うん、そうだね』と頷くしかないそれらとは全く別に、何通もの便箋の奥にひっそりと隠された『がんばって』というおぞましい文字が『呪い』のように勉の背筋を凍らせるからである。



その夏のお化け屋敷の冷やかさをそれはもう見事に再現する相手に和田勉は激しく問うてみたい。










「あ〜、ツン君、俺の話聞いてないっしょ?こらこら、悪い子には悪戯しちゃうぞ☆」








―――――一体、何を頑張ったらいいのだろうか。







ピンク色のイチゴの髪止めを揺らしてウィンクするダメ人間とこの先一緒に頑張れる気は一切しない。



むしろ、このままでは人生を台無しにされること間違いなしなのではなかろうか。










「ところでさー、ツン君。俺たちのチュー記念日いつにする?」









――――――このままでは絶対にいけない。





ぐっと拳を握り締め青空に固い誓いを立てる和田勉と「な〜んてね」とその手を引くザ・ダメ人間には、廊下の野次馬たちからが「よ、ご両人。相変わらず仲良いな〜」っと声がかけられていたが、そんなことは勉の人生の御先真っ暗さに比べれば屁でもない。



和田勉は隣に立つ困った友人のおかげでここ1月、早すぎる人生の窮地に立たされているのである。












■□■











宿題はやらない、授業は出ない、始めたものはどれも長続きしない。



そんなどこを見てもナイナイ尽くしの『残るのは唯一顔だけだね』のザ・ダメ人間の部屋には流行りに乗って買われたものの飽きては捨てられた数多くのものが薄ら埃を被って泣いている。



つまり、隣でコテンと首を傾げて笑うダメ人間はただ真新しくておもしろそうなものに目がないそうゆう生物なのだ。



そのくせ、極度の面倒臭がり屋なためどんな分野においても『極める』なんて言葉は知ってもいない。



教科書どころか商品の説明書にすら目を通さない男は、群がる女の子たちへのフォローも人任せ、果ては男同士の付き合いもどこ吹く風よとばかりにさら〜っと放置するその性格で、まさしくどこまで行ってもダメ人間だった。








「・・・・え?宿題?そんなんあった?・・ま、いいや、ツン君見してー」







―――――ある意味、『ダメ人間コンテスト』だけは極めることができるのだろう。



だからこそ、ぶっちぎりの『ダメ人間』の隣に長年立ってきた和田勉は知っているのだ。











「瑞樹君、最近遊んでくれないから、さゆさゆ寂し〜。ね、その子も一緒でいいから遊びに行こ〜?」






「そっか、さゆさゆ、俺がいないと寂しんだ〜〜?」







―――――ザ・ダメ人間に節操などない。






学校一の『カワイコちゃん』自称、『さゆさゆ』に腕を取られ、小首を傾げるダメ人間に勉は思わず拳を握った。



そして大きく息を吸い込んだなら、後は吐くだけで準備は万全なのである。



ぱっと顔色を変えた和田勉は廊下を行き交う通行人に聞こえるような大声で哀しそうな叫びをあげる。













「――――――やっぱりっ・・・本当は『さゆさゆ』が好きなんだね」









――――――和田勉ただいま17歳、まだまだ人として真っ当な明るい未来を諦めきれなかった。










■□■












つい先日、大人の関係へのステップは恋人の了承を得るまでは待つと周囲に堂々と宣言した仮免中の恋人は最近、またも新しい言葉を覚えた。









「―――――――はい」





目の前に差し出された指に和田勉は一貫して無言を貫くが、唯一評価されるその顔でニンマリ笑うダメ人間はそんなことでめげはしない。









「ツン君、指くわえて『はむはむ』って言ってみて♪」






―――――親友をハムスター呼ばわりする友人との関係はやはり全面的に見直すべきだと思う。





そして、誰かが告げるべきである。



人生は顔だけでは生きてはいけないし、まして人を愚弄する言葉尻に♪マークを付けたところで到底相手の気持ちを逆撫でするだけであると。



不特定人物からの『がんばって』も十分恐ろしいが、高校生にもなる大の男が指を『はむはむ』する図は尚のこと恐ろしい。









『おい、見ろよ。あいつらまたやってるぜ』



『マジだ、よくやるよな〜男同士でさ〜』








―――――勉とダメ人間のいる教室には今日もラブラブイチャイチャの目に痛い恋人たちに白々しいその眼差しが送られていた。








渡る世間は鬼ばかり。



無論、最悪の鬼は今勉のすぐ隣に座っているその鬼だ。



だから、現状打破に燃える昨今の和田勉の習慣は、鏡の前で慣れない演技を猛頑張りするだけでなく、夜な夜なゲイ雑誌を開いては顔面を真っ青にさせて気持ちを新たにすることなのである。



そして、その努力もようやく身を結ぶこととなる。










□■□











「さゆさゆに嫉妬させたかっただけなんだよね?・・・それなのに俺・・・本気になって・・・馬鹿みたいだ」






涙を堪えるかのように額の冷や汗をそっとシャツで拭うと勉は眉を寄せてかぼぞく呟く。


目を輝かせた自称『さゆさゆ』とコテンと首を傾げたダメ人間を構っている余裕はない。










―――――人間は如何に窮地に立たされたその時になけなしの勇気を振り絞れるかどうかに掛っているのだ。













「――――――・・・でも、俺・・・ちゃんと応援するから。2人で、お幸せにっ!!」







ふっと暗い表情で2人から顔を逸らした勉は拳を握りしめたまま廊下を走り出す。







『マジか!!??さゆたん狙いか、桑野!!』


『そうなの、瑞樹君!!??』


『相手がモーホーでもそりゃやっちゃいけねーだろ?』










その背には当然、野次馬のどよめきが聞こえていたが、当の勉はその騒ぎに思わずスキップしそうな足とニンマリ笑ってしまいそうな頬を引き締め直す。


そして、廊下からは影になる階段に逸れた途端、壁にぺたりと背をつけとほっと肩を撫でおろした勉は成功を噛みしめるのだ。







―――――階段下から登って来た教師が一人壁に背をつけ天に向かって祈りを捧げる生徒にぎょっと驚いていても、晴れやかさ100%の今の勉にはそんな現実は見えてはいなかった。







「ナゲットも100円だし」




そうして今日こそ正念場という緊張から昼食を取っていなかった空腹感をやっと5限目にしてしみじみ感じることができた勉はとあるCMを思い出して笑うのである。


時には財布に優しく食べておいしく、皆がハッピーなそんな食べ物を振舞う社会があってもいいではないか。










―――――渡る世間に鬼はなし。






やはりそうゆう結論が一番なのだと思う。



うんうんと頷いて階段を駆け降りる和田勉はナゲット100円に向かって風のように走り抜けて行った。










□■□









ようやくゲイ雑誌の生生しい裸体を見ながら計画を練る悪夢のような夜から解放された翌日。



――――和田勉の機嫌は最高潮に達していたのだが、如何せんそこは昨日の今日である。








「――――ツン君」





話しかけようとする元恋人に気づいたら、努めて哀しそうな顔で約3秒、それはもう意味ありげに猛ダッシュで教室を抜け出すことにしている。


「あ・・・」っとばかりに教室中から声が漏れるが誰も引き留めようとしないのが、また素晴らしいことこの上ない。








「・・・・和田?」





チャイムが鳴るたび鳴るたび迎えに来たかのように現れる生徒に教員も首を傾げたが、職員室の教員の横にぴったり張りつく勉にはそんなことはどうでもいいのだ。







「先生、本当にありがとう」




「・・・は?」





―――――突然手を取られ御礼を言われた教員が驚愕していても、うんうん頷く『隙0活動中』の和田勉は今まさに人生薔薇色だった。















「――――――和田っち〜、話があるの」





二日後、自称『さゆさゆ』が教室を訪れ、和田勉の新しい渾名を披露するまでは・・・・。










■□■










「―――――あのね〜、さゆさゆが言うのもあれなんだけど〜、瑞樹君、和田っちに避けられてるって泣いてたよ〜?」




その言葉にぎょっとしたのは何も教室を逃げ出すかどうかを迷いに迷っていた和田勉だけではない。


昼休みの教室に残っていたクラスメートの目が大きく見開かれ、耳がダンボになった瞬間だったのである。







「さゆさゆ、瑞樹君が可哀そうになっちゃった〜☆和田っちに嫉妬してほしかったんだって〜。だから、人気一番のさゆさゆなんだって、きゃ☆」



自称『さゆさゆ』が可愛い顔で一生懸命学園女子No.1の地位を披露していても、今の勉はそれどころではない。








―――――何しろ、和田勉は知っているのだ。






ダメ人間が別れたい時に勉が捕まらないと別れ話の面倒臭さにその場でやる手が『大泣き』なのである。


女の子がドン引きするほど情けない男を演じまくり、最終的に「俺におまえはもったいない」っと花を持たせてバイバイと心の手を振るのだ。










―――――ひやり。





背筋を走る悪寒に漏れなくヒヤリ・ハットに気付いた和田勉は自称『さゆさゆ』を置いて教室を走り出す。









■□■








しかし、ヒヤリ・ハットとはご多分にもれず大事件に繋がる可能性を秘めているものなのである。











「・・・ツン君、ごめんね」




廊下まであと少しというところで現れた影に勢い余ってぽさっと納まってしまった和田勉の額からは冷や汗がだらだらと垂れ流されていた。


だが、生憎誤解が解けた後の恋人たちの再会に感動するクラスメートたちが気づいてくれるはずもない。







「全部、俺が悪いんだ。ツン君を不安にさせるなんて俺、馬鹿だね」






―――――まして臭いそのセリフの後で不審な笑いを抑えてるダメ人間に気づくはずもなく、冷やかすクラスメートの歓声の中で青ざめた勉は死刑宣告のような自称『さゆさゆ』の呪いの言葉を耳にした。









「さゆさゆ、2人のこと応援してるからね☆」





和田勉17歳、たった三日間の薔薇色の人生は、その後、ざわつく教室の中に確かに響いた「ちゅっ」っという音によってもろくも消え去るのである。








『キャ――――――!!!』


『おお、やるな〜瑞樹!!』


『なんだよ〜、お騒がせカップルだな〜おまえら』









■□■











「ねぇねぇ、まじでカラカラ走るの好きだよねー、ツン君ってさ〜♪今度から『はむちゃん』って呼ぼっかな?」




――――もはや公衆の面前で『おでこにチュー』を晒した勉にはハムスター呼ばわりするダメ人間を見る気力はない。








「俺たちのおでこにチュー記念日だね、ツン君♪唇チュー記念はいつにしよっか〜?」


まして♪マークで神経を逆なでにされても『ただ今人生灰色中』の勉はただ道路を見つめてとぼとぼ歩くしかないのである。






その日から、ヒューヒューと口笛吹かれる中、仲良くイケメン彼氏に手を引かれ帰宅する和田勉の姿が再び見られるようになったという。



End.

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あきゅろす。
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