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――――――街を荒らすだけ荒らして警察の世話になっては親の顔に泥塗って、高校卒業とともに家を出たっきり連絡一つ寄こさぬ親不孝なバカ息子。


黒い喪服に身を包み喪主を務めた本多省吾に向けられたのはそんな冷やかな眼差しだった。


それでも、最後まで胸を張っていたのは最初で最後の親孝行のチャンスだったからかもしれない。









『――――本日はお忙しい中、故本多和正並びに本多かよの葬儀に参列頂き誠にありがとうございます』








何年ぶりかに実家に帰れば、人気のいないその家には時間の流れすらなかったように残されたままの自分の部屋があった。









――――都心に出たっきりの息子をどれほどこの家が待っていたのか。








いつか踏みつぶしてガラスに罅の入ったその額は綺麗に直されて何もなかったように居間に飾られていた。


小学校の徒競争で一位になっただけの小さなその賞状は唯一省吾が持って帰ってくることが出来た賞だっただろう。









『ショーゴ、すごいわ』








――――ちっぽけなその賞に母親はその日、馬鹿みたいに赤飯を炊いていた。















『――――○○羽田行き235便を御利用頂き誠にありがとうございました。本日は羽田空港の到着便混雑により予定より30分遅れの到着になりましたことを心よりお詫び致します。お帰りの際には・・・』









―――――結局、葬儀を終え、荷物の整理をしようにも整理するほどのものを知らなかった。


財産についても、借金についても、保険についても何も知りはしない。


中学に入って道を逸れてから親と碌な話をしていなかったからだ。









―――――がくっという揺れとともに車体が止まる。












『――――通路は大変込み合います。プレミアムクラスのお客様から順番に御案内致しますのでどうぞ・・・』








省吾は飛行機の客席に座ったまま、荷物を手に我先にと出口へと並んだ乗客たちの姿に目を細めた。


数席先には幼い子供の手をしっかりと繋いだ母親が子供を思って人でごった返す狭い通路に出るのを未だに見送っている。










「―――――死んだら何も返せねぇだろうが・・・」







親子から目を逸らすと角のない丸い小さな窓から光輝く夜の空港に省吾の眼差しが寄せられていた。









伸ばされていたその手に気づいたのが遅すぎたのだとしても二度と取り戻せはしない。



だからこそ、残されたその思い出を大切にしようと思ってしまったのか。










ガタッ。









―――――ようやく空いた通路に席を立った本多省吾の手に握られたブランドバックには、場違いな額縁が一つ、入れられていた。












■□■













『――――保険金、振り込まれたんだ。はっ、結構な額だぜ。・・・けど、特定の女もいねぇし金に困ってもいねぇしな。親孝行するにも、その肝心の親が死んで出来た金だからな・・・』









――――なぜ親戚でもない男にべらべらと意味のないことを語ってしまったのか、省吾にもわかりはしない。


ただ何かのリアクションを期待していたような気がしている。










『―――――親の思いだな。大切に使うといい。まぁ、その前に固定資産税で持っていかれるかもしれないけどな』







出されたホットココアの甘さと朝日の神々しさが今も目の間にある。


そして、待った優しさを当然のように返された時、ほっと心を撫でおろした自分を知っている。








コツン。






コツン。









―――――足を止めるのはいつだて繁華街にほど近い通りに面した他の店と何の変わり映えしない一件の喫茶店だ。



お人よしが経営するその喫茶店に本多省吾はよくわからない感情を覚えている。












カラン。











「―――――いらっしゃい」








―――――かけられるその低い声は省吾に『伸ばされた手』なのだろうか。



それを試すようにくだらないことを告げては苦笑するお人よしを見る省吾はどこかの小さなガキになったような気分だった。



だから、その喫茶店は気詰まりな場所のばずなのだ。










「・・・・・また来てたってわけ?」





イッパシにそのお人よしの手が他の人間に伸ばされるのは嫌だとガキの心がそうぼやく。




――――奥の席に空の皿を見つけた省吾はお人よしに餌付けされた人間を思って自然、眉を寄せた。












「――――今夜はミートソースだ。まだ朝食を食べていないなら」






ただ用意されるようになった遅い朝食に『特別さ』を感じてしまえば、不満は口に出ることなく省吾はただ小さく頷いた。








湧きおこる感情に名前は付けたくはない。









――――しかし、確かなのは、この場所を捨てるにはもう遅すぎるということだ。














■□■













「――――――なんなら今夜はうちに泊るか?」





その一言に見えない一線を感じた本多省吾はそのまま気づかないフリをした。







――――耳に入り込むジャズの音色を静かに聞き流す。






その境界線の向こうが『特別枠』だとそう言うのなら、伸ばされたその手を取りたいと子供な心がそう告げていた。

















―――――カラン。









「・・・・・アンタの言った通り、降って来たぞ」








営業後に馬鹿な男の元を再び訪れたのは店で朝まで過ごすよりは静かで温かい場所で過ごしたいと思ったからだ。



次期店長という噂が流れ始めた今、省吾は店に居ずらいその存在だ。











『――――店長にならないか』








―――――姿を見せないと思えばそのまま飛んだ店長の代理を勤め始めたのがここ一月のことだ。


もともとマネージャーの位置にいた省吾がそのまま繰り上がるのは順当に言って当たり前のことだが、会社からのその誘いに素直に頷けなかった。


返答を保留しているうちにどこからともなく流れ出た噂はあっさりと従業員に広まり、笑顔で近づくそいつらとうまくやるには些か省吾の覚悟が十分ではない。









「―――――電車、人身事故で止まってるらしいぜ。この雪と相まってタクシー1つ拾えやしねぇよ」








バサッ、バサッ。







――――雪に濡れたコートを脱ぐと積もったそれを叩き落とす。


間接照明の中にきらきらと舞う光にこのままじゃ帰れないとぼやけば、カウンター越しにコーヒーのマグカップが差し出された。










「コーヒーでいいか?」








営業用のそれではないマグカップに小さく頷いた省吾は席に腰を下ろすと、胸ポケットからブランド物のシガレットケースを取り出す。










「―――――これじゃ、今夜はあんたも帰れねェんじゃねぇの?」








――――実際、当てにしていたのはそこだった。




帰れないなら温かいその喫茶店は朝まで営業と踏んだからこそ、省吾は居ずらい店を飛び出し雪道をここまでやってきたのだ。



煙草を一本に口に咥え、返された言葉に省吾は奇妙な苛立ちを感じた。









「―――――言ってなかったか?俺のうちはここから歩いて行けるんだ」








――――知らなかった。




思えば語るのはいつも省吾の方でお人よしのその男は自分について語ることが極端に少ない。











――――――カチッ・・・カチンッ!!








勢い良く開けられて炎を灯したと思えば乱暴に閉められた銀色のジッポが照明に輝いた。










フ――――――。









不機嫌に吐き出されたその紫煙が舞った時。











「――――――なんなら今夜はうちに泊るか?」









―――――本多省吾は思わず目の前の男に目を向けて、そしてその目を細めた。









伸ばされたその手に気づかずにいたくない。





まして望んでいるかもしれないその手を。











「―――――いいね。頼むわ」





だから、紫煙混じりのその言葉は苛立ちと子供のような執着とそして、よくわからない希望が込められていたのだ。













■□■













―――――通された部屋は予想に反して1Kではなかった。






省吾の住んでいる高級マンションとは程遠い、見てからに築年数の長い建物だが、それでも2LDKのアパートだ。


どちらかと言えばファミリー向けのものだが、築年数から安めに叩かれた物件なのだろう。


ダイニング以外の二部屋はいずれも和室で、一部屋は居間、もう一部屋を寝室としているらしい。


それは見事にダイニングには何も置かれておらず、居間も寝室も男にしては整頓されすぎて『物がない』という印象が際立った。










「――――――ま、適当に寛いでくれ」






居間の炬燵のスイッチを入れた男は部屋着となる服をいくつか差し出すとハンガ―も一緒に手渡す。


流石に省吾の着るスーツがブランドのものであることに気づいているのだろう。


ハンガ―にコートとスーツのジャケットをかけるとまだヒーターの効きが甘い寒い部屋で省吾は炬燵に入り込む。








「―――――何もねぇな」



ぼそりと呟いた省吾にダイニングから男の苦笑が聞こえてきた。








「・・・そんなものんだろ?男の一人暮らしなんて」







その言葉には納得しかねた。



少なくとも省吾の家には香水やらスーツやら時計やらサーフィンボードやらが置かれ、飾られるだけで用途のない物もある。



明らかに性格の違いだろう。








――――――プッ。







TVのリモコンで液晶テレビの電源を入れてると静かな部屋に少しはにぎわいらしいものが訪れる。



そのまま男が風呂沸いたから暖まれと伝えにくるまで省吾はなぜか部屋を興味深げに見つめていた。









――――――なぜほとんど知らぬ男の部屋にいて落ちつくのか。




その疑問を持て余す。








そして。






なぜ男のテリトリーを知ったことに喜ぶ心があるのか。






その思いに省吾は舌打ちした。












「――――――ちっ」










――――――冷たい雪が都心に降り注いだその日、本多省吾の心を暖めたのは一杯のコーヒーではなかった。






End.

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