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< Am I a Pimp ? >
今、氷川亨という男を語る言葉は端的なこの一言に尽きた。
――――すなわち『失敗続き』である。
『――――おい、来週の土日空けとけよ』
やっと獲得した『初デート』はのっけから失敗で嫉妬深さに置いてきてしまった迷子を捜して携帯電話を鳴らせば、無機質な声が『ただいま電話に出ることができません』と亨を苛立ちの巣窟へと投げ込んだ。
果ては足を動かしてようやくはぐれたカルガモの子を見つければ今度は知らない人間と話し込んでいるというのだから、これが怒らずにいられようか。
『―――――すいません』
はっきり言って亨には天然な恋人の『すいません』が何を指しているのか全く理解できなかった。
挙げ句の果てに知らない男は誰かと問えば返ってきた応えはこれである。
『―――――たぶん友達です』
――――今すぐ幼馴染を連れて来い。
そう叫びそうになった氷川亨だが、溜息一つでぐっと堪えることができたのだがら我儘な王様も意外と進歩しているものなのである。
今日という日をそれはもう色男の名に恥じないようにと熱心に計画した亨だったが、もうこうなれば計画もクソもない。
結局、蓋を開ければいつもの通り、ちょっとマイペースな男前に振り回された亨はすばやくその後の映画鑑賞を決めた自分を褒めてやりたいとさえ思っているのだ。
しかし、残念ながら氷川亨の波乱はまだ終わりではなかった。
―――――見たい映画はと問えばその純粋な瞳は本当に純粋に『何でもいい』と返してきた。
むしろ、『あなたの見たいものを見たい』とさえ語るその答えはいつもだったら全く気にかけることもなかったのだが、いかんせん『初恋人喜ばせデ―』を志した氷川亨にとってもっとも困るその返答であったのは言うまでもない。
『初恋人喜ばせデ―』なのだから、それはもう健気な恋人の見たい映画を見に来たのであって、間違っても亨の見たいものを見るためではないのだ。
しかし、残念ながらマイペースな亨の恋人には『恋人喜ばせデ―』なるもの以前に『デート』なるもの、否、曲がり間違って『付き合う』そのものの意味を本当に理解しているのか非常に疑わしい面がある。
「――――――ちっ」
――――思わず舌打ちした氷川亨はせっかく買ったのに結局ちっとも減らないポップコーンとコーラを恨めしそうに睨んだ。
『こうゆうことはしっかりしないと』
―――――またもその言葉で律儀にそっと手渡されたチケット代にもはや溜息しか出なかった。
いつだってスーパーへの夕飯の買い出しでレジのおばさまを困らせるのは、財布から全額払おうとする遊び人風イケメンと突如、主婦の顔に豹変した硬派な好青年との無言の掛け合いなのである。
どこの世界に財閥の息子に『お金は大切に』なんて説教する人間がいるのか。
金関係をしっかりしようと思うのなら、財閥の息子に居候代ぐらい請求してほしいものだ。
――――恋人以前に居候でもお客様でもない。
このまま行けば我儘な王様は無口な騎士様の単なるヒモにしかなれないのである。
それもデート代も払わせてもらえないというとんだ甲斐性なしを地で行く旦那様失格のそれこそただ我儘なだけの王様ではないか。
結局、マイペースな男前にいつだって『大人の余裕』を発揮するチャンスを貰えない意外に可哀そうな王様はリビングのテーブルに食費を置いて行くという無言の抵抗を続けるのみだった。
―――――じっと亨に親の敵のように睨まれ続けたコーラからはぽつんと冷や汗が流れ落ちて暗いシアターホールに透明な滴を垂らしていた。
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